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俳句の創造へ 

個人句集からFrom PERSONAL anthologies

≪ 前主宰、主宰をはじめ、同人(高齢による退会者や故人を含む)の句集から一部を紹介してゆきます。≫

■前主宰及び主宰
田川飛旅子

中村和弘

同人:以下、アイウエオ順(色が変わっているところは打ち込み済み)

ア: 麻田すみえ浅沼宗青淺沼眞規子淺見玲子、、
イ: 飯塚千代子井崎佳子泉 風信子今田 述稲村茂樹岩崎嘉子
ウ、エ:太秦女良夫内山寿子遠藤豊成、、
オ: 大石雄鬼大内政江大野和加子、、
カ: 柿内夏葉子加藤 朱加藤喜代人加藤山査子神山 宏河内静魚川口一代、、
キ~コ:北村風居熊谷愛子熊谷静石小菅白藤、、
サ行:坂本真理子佐々木貴子庄子真青海城 佑三白鳥 峻杉山よし江、、
タ行:高橋鋼乙田川信子武田貞太田中津根を當山孝道遠山弘子徳竹三三男、、
ナ行:中条 和中村仿湖中村路子南雲愁子浪本恵子、、
ハ行:浜崎素粒子林 信江東野鷹志冬舘子音古川京子古屋恵美子、、
マ行:町山直由松原 敏松本道宏宮川翠雨村上雅子森下賢一、、
ヤ行:山本一糸山本千代子吉本宣子(のぶこ)米川五山子、、
ラ行:
ワ行:
若井嘉津子、、

田川飛旅子 句集『花文字』(第一句集)

胸の湿布替えいるひまも聴く野分
夜々軽雷病みがちなりし夏は逝く
月の雲投網のごとくひろがれる
大股に働くものの雪の足型
霜夜読む洋書大きな花文字より
貨車の扉を開くる手力飛び飛ぶ雪
颱風が墓場の緑ひきちぎる
泉へ垂らし足裏を暗く映らしむ
妻の外套の隠しを探す抱くごとく
内職の家夕焼は突き抜ける

田川飛旅子 句集『山法師』(第五句集)

山法師咲けば濃くなる旅の鬚
春雷や自分のカルテ偸み見る
うら若くして流燈を二つ持つ
手を離れ流燈にただ己が意志
流燈の夜もせせらぎは皺を増す
岸に黒く待てり流燈を突く係
流燈の終り消さるる職に似て
流燈をみしあと老いて灯に帰る
塗抹行より流燈といふ文字起す
人形を射つ流燈の町の辻

中村和弘 句集『蠟涙』(第一句集)平成10年

蠟涙のケロイドなせり緑の中
初蝶の来る線香の灰の山
ひりひりと石鹸玉吹く空しき日
悪寒めき豆腐が沈む花の下
霞む東京船首の巨き斧が向く
春塵や木馬の金の目の卑し
蠅生まれ赤子の涙吸いにくる
吊革の反発しあい春がくる
わなわなと折鶴ふるえ春一番
凧の骨刺さりし春の渚かな
生コンの拗ねて出てくる花の中
馬の尻の綺麗に割れて菫咲く
春泥や後輪酔いしごとくなり
花筏岩にのりあげ乾びおり
春陰や牙の根元の黄がつよし
花烏賊の腸抜く指のうごき透く
安定せざる栄螺の殻を座右にす
休む船腹水陽炎の巣となりぬ
青痣のごときそこより藷芽吹く
鎧戸は飢饉の音す雛まつり
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犠のごと自画像を売る花の下
新幹線の灯が瞬発す蛙の田
ゴム手袋の浮腫みただよう花の濠
ミルクの膜唇にまつわり花疲れ
花冷の飯粒燥き足裏刺す
ししむらの襞を隠して梅見かな
消毒の白濁のこる苗木あり
影淡く痙攣しおり繭の中
船虫の上目びつしり核の傘
冷凍魚凶器のごとく提げてくる
金魚の影槽をはみ出て舞うごとし
自堕落に吊革ゆれて梅雨ふかむ
かるめ焼のがさと崩れて雲の峰
箱庭の無人平安恐ろしや
滝の下わが骨格の城をなす
競泳の背は激流をなしており
大旱の犬の歯型がアルミ器に
干梅の怨の字に似る一つ見ゆ
原爆地影絵のごとく梅を干す
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ぼうたんの忿怒の相を描き出す
青谷のどこかが笑う刃を研げば
羽抜軍鶏肌の赤銅ほこるべし
湧水の砂変幻す誕生日
湧水の芯に躍れる魚の骨
火口湖の鏡凪して鳥刺さる
自閉領域いくつもありて夏の湾
大仰な帽子の箱と夏を越す
虫売りのふいに大きな影法師
巨き鉤の影うごきおり霧の中
金属のみな酸つぱいぞ黄落す
骨々にすこやかな揺れ稲車
菊人形どれも無念の唇の型
貝割のきれいに曇る袋選る
濃き涙亀が垂らして黄落す
糸のごとく水洩れている魂祭り
空砲のごとき声だし朱欒売る
泥流の痕がなめらか萩の叢
飛行機雲の端は化けいて秋高し
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腰骨にごつんと西瓜敵のごとし
奔放な枝を虜に水澄めり
痙攣しエンジンとまる紅葉谷
巨いなるうねりに入りて稲稔る
銃創の皺の抽象黄落す
盆供物あつめ渦なす潮あり
霊面が街に棲みつき黄落す
黄落やドリルの音が進撃す
遠き馬は眉のごとしや冬岬
皮ジャンパーの筋骨光れ明日はなし
麻痺の児の怒濤の歩行日短か
日溜りは巨きなレンズ笹鳴す
原発の無臭無音や敷松葉
静電気把手に爆ぜて婚約す
船影のうかび出でたる火事があり
灰燼の芯より翔ちてゆりかもめ
なまぬるきマスクを外し一日終ゆ
冬鶏が血痕つつく大晴天
熱湯の還流見ゆる冬ごもり
枯蔦の爪たてている獄の壁
捨てし河豚小石を噛んでいたるなり
枯原にぼんやり浮いて紙食器
神妙な猿にそだてて初戎
旋盤の高音澄みて冬に入る
鷲の檻死木が肩を組んでおり

中村和弘 句集『黒船』(第二句集)平成19年

黒船を閉じ込めいたる椿かな
凧起ちたるままに地をはしる
天井に陽炎おどり家ほろぶ
研究所不敵に光り花の中
陶酔の虻を摘みて耕せり
春昼の死貝とろりと泥たらす
ししむらの襞を隠して梅見かな
招魂祭金盆落ちて叫喚す
密閉の蜜豆くもり雛祭
蜂の巣の瘧を持てる虚空かな
春の雪腐木片々浮きあがる
六道の辻にて椿喰いちぎる
兎の骨の耳孔きれいに寒明くる
雲雀野の無垢なる棒を得て帰る
大愚なる砥石の凹み桜草
薄氷を踏めば片々尖り起つ
ぶよぶよのボールをはさみ葦芽吹く
沢蟹の紅ぞ穀雨に浮びくる
浮人形藻屑の芯になつており
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イグアナの夜の目火玉となつており
統計的人間となりナイターに
峰雲の中ぞ産衣のひるがえる
旱天や落石数個もたれあう
人間(じんかん)は大きな隙間芥子咲けり
鬼ヒトデ国家の如く裏返る
サボテンの青鬼めくを盆の家
頑固なるタイヤの痕も土用かな
枇杷の種滑り都塵をまといたり
清雅なる鹿の首筋夏立てり
うつ然と「蠅の王」棲む釣忍
紙コップに礼(いや)して祭はじまれり
年輪が泡噴きこぼす榾火かな
座礁船は獄の如しや初日中
魚投げし鈍き音して年詰る
カイツブリ潜りて鳥の形捨つ
火事の宙エイの象(かたち)の舞いあがる
したたかに縁のめくれを熊の皮
谷底は白の氾濫笹子鳴く

中村和弘 句集『東海』(第三句集)平成24年

(追って打ちこみ)

麻田すみえ 句集『汀』昭和61年

春水に浮きて丸太の見えざる部分
脚高く枯野背負ひて喪の花環
矢車の音の研ぎ出す夕青空
川底も午後のあかるさ櫟咲く
青空を離れて梅の匂ひだす
暗礁に海のほつれる祭幡
冬苺今日の声まだ使はずに
汗の服ぬぐ疼痛を共に脱ぐ
ふりまはし五月の腕の血を濃くす
春一番焔をまだこぼす骨拾ふ
姉の椀ぐ涙のかたち青檸檬
春昼の踏へて削る琴の胴
犬が身をうちふる音や庭の桜
便箋に文字の瘢痕羽蟻の夜
垂るる為天へ莟をもたぐ藤
原稿用紙の鋭利な枡目ぶだう枯る
花食ベキリンの紋のおとろへし
昼花火わが裏山を平手打
漆盆に白くたわみて遠い夏野
幻覚の末の褐色花こぶし
幽明の明にとどまり夏痩せす

≪以上、陸誌(昭和62年3月号)の町山直由氏による評の全ての引用句を転載≫

浅沼宗青 句集『母よ』平成23年

三角点脚下に肺尖まで冷気
牡丹選ぶ弱視の母へ赤か白か
万作の花はもつれしレーヨンの糸
正解は坊やがどうぞ落葉焚き
鮟鱇の吊り切り教室募集中
イブは二人母と奏でるアベマリア
価格破壊始まりし冬義歯を買う
掌にのこる酢の香子猫といる夜長
「はいえな」と名付けし猫の蜥蜴追う
鍾馗幟村の大事な一人つ子
雄叫びのごとき熊蟬ベランダに
アルバイトの巫女は付け髪長マフラー
薬袋に印鑑を入れ歳暮の街
馬鈴薯の芽をくりぬけば髑髏めく
耐震工事の激音蟬音かきけさる
電池切れのように咀嚼を止める夏の婆
人喰川と云われし疎水螢住む

淺沼眞規子 句集『息吹』平成20年

海霧や「まゆこ」「さちこ」と灯りおり
松蟬や血の池という緑色
あめんぼう短き愛に突進す
草ほどに髪湿りくる蛍狩
かつがれて不意に案山子の女めく
恋知らぬ少女が強し歌留多とり
春愁や吸取紙の字の欠片
黄落や鳩は納得なっとくと
擦り寄りしこの朴落葉化けている
愛鳥日森の切れ目の銀の塔
極月や先着百名様の列
=以上陸誌平成20年10月号の小菅白藤氏による評の引用句を一部転載=
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金星に嵌っていたり鬼の豆
さくらさくら祝詞だんだんおそろしき
実石榴の中の一つはドン・ガバチョ
紙飛行機ほどかまきりが飛びました
煮凝りは闘志なき日のわが眼
茂みより鳥の喧嘩がはみ出せり
滝口の息整うるごとくあり
病葉のすとんと落ちぬ閏秒
雲海や罪もろとものわが重量
落葉踏む慙愧慙愧と音のせり
セーターの網目どおりに海の風
ざらざらとせる一ところ夏至の凪
これはまあ風船かずらの種子童子
一湾は島の財なり風光る
かがやける飛沫白鳥恋を遂ぐ
流感やつむりの芯にネオン光
人去りし桜の下が不意に穴
正体は汗の少女や鹿踊
噴水やあやうき美童目で追えり
間違いのごとし雷鳴一打のみ

淺見玲子 句集『山彦』平成2年

他人が棲む生家コスモスだけの私語
切々と霜の牙折る鶏の嘴
苺つぶす匙は力の形して
一握りの日向カフカの棲みし家
霞草先取りできぬ神の道
朧夜の手枷となりし鍵の束
黒麺麭の耳はぼろぼろ冬暖か
銭亀を売りつくす皿無神論
花屑は鯉の口よりうねりもつ
花屑の微塵に乾ぶ忿怒佛
拠るものの欲し枯れ急ぐ沼の道
音荒ぶ母の夜濯ぎ聞きながす
十方の荒梅雨を盾喪にこもる
獅子舞の仰け反る側の空を嚙む
復活祭地に棲むものに同じ日々
遠来の浜に流木名乗り合ふ
松蟬の耳熱くなる介護下手
季節はづれの衣ひきずつて母の冬
冷まじき魚の歯めがけ塩を打つ
暖冬や一寸伸びし盆の罅
もづく吸ひ人の訃鈍くききゐたり
大根の花のみなぎる遠流かな
這ひゆきて雛の裏側みてゐたり
堆き病衣紫蘇の実落ちつくす
怠ける日ひひなの齢数へけり

飯塚千代子 自選50句 昭和57年

われにわが諸手の重き昼寝覚
病者にて白靴汚れずに帰る
夏衣小鳥抱けばいのちふたつ
日の当る側を歩きて日記買ふ
髪刈つて落第の子がいきいきす
日暮よぶたつた一つの茄子の花
短夜の聖書肋に取り落とす
勝利者のごとく見舞はるサングラス
獣医学博士月下に犬を一喝す
風の息入れし折鶴飛ばしけり
寒茜われはこの世の側に見し
寒燈やペンを拾ひてかたむく血
わが裡に復活は日々五月果つ
けふ生くるための素足で立上る
秋扇白刃のごとく帯に挿す
秋の昼退院の身も荷のひとつ
焚火見て午後の酸索を失へり
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鳥帰るわれにもう無き空の旅
火のいろの林檎を洗ふみとり夫
死んでゆくけふ干されたる蒲団着て
病棟を轟と風過ぐ初ざくら
マスカットふくむわが身も青透けり
夏つばめ予後のいのちを掠めけり
日の神は病後にまぶしさくらんぼ
茘枝裂け怒りの紅き芯ありぬ
渡り鳥いのちの重さ同じなり
柿の空少女の頃がかがやいて
死は神のみ手に冬シャツ買ひ溜めて
病む聖夜生くるのみにて赦さるる
元日はきのふのつづきヨハネ読む
雛売場雛の息にてあゆむなり
世の隅に銀のいろ溜め猫柳
みづからのからだ幼し孕猫
わが死後も赤は赤顕ち水中花
めがねかけて昼寝の国に何も見ず
けふ生きし染みとなりたり枇杷の汁
踊りの手はづれ二三歩ただあゆむ
冬の夜はこらへし貌の人形焼
≪陸誌(昭和57年4月号)より一部転載≫

井崎佳子 句集『風祭』平成18年

風祭夏帽のつば立ちあがる
からまつと教へられしは春の雪
 チェロのフルニエ氏
無伴奏フーガ胸の白鳥澄みにけり
手花火や火の隅にまたわれがをり
魚焼きの網に腑のあと一葉忌
変化観音丈長き腕黄沙まで
甲羅干腹だんだんに溶けてゆく
今生のうすもの広げミノカサゴ
子を盗ろか鼠花火のいざなひに
出目金の襤褸のやうに掬はるる
天の川石にて磨く銛の先
  鍋島焼
蛸唐草月の宴にはべらむか
なめくぢら地にあれば土喰ひけり
ルオーの眼時雨幾重にぬりこめし
牛蛙わが故郷は泥運河
死にし蚕を持つや崩るる桑明り
出港や巨きヒトデに投げキッス
曇日の羽蟻ぞくぞく樹の祭り
冬の噴井風切羽を鋭くし

泉 風信子 句集『遠花火』平成28年

公魚や波の黝さを抜けて来し
撓ふべき竹折れてゐる朧月
春の雷鬼の目線で仏見る
羅に錯覚といふ腕とほす
戦争論に軟派はなくて冷奴
銀婚やサイダーの色薄みどり
結界のひびきを立てて冷蔵庫
身より去る力は追はず大昼寝
郭公や瀬音のシャドーボクシング
トランプの捨て札すべる蛍の夜
古書店に蛍になつてゐる時間
蚯蚓死んで2Bまがひの線になる
青林檎いま光体になる途中
糸切歯するどく妻の夜寒かな
爪の半月豊かなる娘の魂迎
虫鳴くや気泡の闇に妻と居し
小鳥来て女の会話加速する
鷹の爪魔女が手招きするごとし
挽き臼の心音に似る寒夜かな
手袋のまま握手してその温み
書くといふ心の電源初日記
成人の日の川幅を跳びにけり
火の丈のつぎつぎ新たどんど焚
会心の礫を抛り卒業す
玉音を聞いた跣足に骨の音
雪玉を握れば空の音のする
囀は何色母の墓は白

稲村茂樹 句集『木椅子』平成30年

初市や毛布へガサッと農夫の手
白菜嚙んで卒業試験明日終はる
汗でとけるカーボンの黒出張記
木椅子組む台風の目の中に居て
下山して足より蟬の中に入る
涼み台だけが新し母生家
羽抜鶏影踏み遊びはもう終はり
祖霊みな立ち上りをり樹氷林
伊達領の空気の色の糸蜻蛉
献血車来て白くなる盆の町
つちふるや猫の診察券小さし
花名札読み回るだけ植木市
自転車が光源となる夏堤
日時計の影に躊躇の夏の蝶
道岐れ毒茸右を指して朽ち
大輪の牡丹一輪奥より応
蒼天や乾鮭どれも厚き唇
青空の荷電体なり曼珠沙華
眼前に散れば遺書めく朴落葉
瞼より上で綿虫見失ふ
浮かぶ貌あり萍の白い隙
原発の歪な威嚇鳥交る
日触果て白鳥帰る位置糺す
蠟涙は愛語の溜り稚児地蔵
春眠や二度目の夢は泡の中
末黒野の果てたる此処に津波跡
病室の窓使ひ切る秋入日
中空に菩薩あるらし枯銀杏

今田 述 俳句/漢俳句集 『汎汎輩集』


俳句、漢俳との併記のため、一部をPDFファイルにて添付しました。
『汎汎輩集』 


岩崎嘉子 自選70句より 平成9年

誰を叩こか鱏のしつぽは鞭に似る
核阻止へわれは案山子や手を垂らす
破れレースのような木洩日負の記憶
うぐううぐうと赤児のはなし天の川
月や白き珊瑚の手を拾ふ
オフィスは緊張の箱舌冷ゆる
休み田を埋める向日葵陽が痛い
神の留守蛸の頭を買いに出る
蜊蛄の黄泉へとつづく穴の数
深き溝ありじぐざぐにゆく蜥蜴
桜えび敷つめ沖に自衛艦
神の乱心立ち枯れ白き阿夫利山
コインロッカーに鮎を閉じ込め聖母展
棕櫚の花兵士鼻筋立ててゆく
十五夜の嬰児は泣かず紐をなむ
大根抜き入日を仕舞う穴つくる
窓に映る婦長踊りの手をさらう
蝙蝠や火の出る箱を懐中に
胎の子を揺さぶる咳をこらえおり
夏期講座の手話の「横須賀」肩に銃
短日の物になりたるギブスの手
冬の鏡怒りの出口閉ざしけり
群遊や斧の目をせる鮪来る
姉川の螢が鼻にぶつかりぬ

≪以上、陸誌(平成9年2月号)特別記事(自選70句)より抄出≫

太秦女良夫 句集『家紋』(第二句集)昭和58年

史書一荷肩に茫たる野分かな
母子が霧に下駄のさぱきを共にする
白息は真珠の目方売る符牒
空母出港三角波が追いすがる
踏まるまで空蝉天を摑みおり
教会に似て産院は寒椿
青林檎皮から嚙んで妻の留守
片蔭の草刈る無口爆心地
秋陽厳しきこの八尺が俺の職場
職工疲れ腹に銀河を巻いて寝る
中世の石の家紋に栗鼠跳ねる
枯葉色の首窓に出てすぐ閉める
透ける哀しさ袋の金魚唇開く
花散つてパン職人の馬狂い
長梅雨や錆の香がする退勤群
残酷な蒼さのなかに離れ雁
出水跡案山子韓衣を着て埋まる
雪折れの聞こえる刻は止む吹雪
雪女出でよと白磁壺撫でる
立冬後白さの目立つ流れ貝
梅蕾む吸いつかれ透く妻の胸
大陸の葱咲く妻の誕生日
妊みしより女夏衣に自信蓄め
男運薄き耳たぼ霜焼けす
≪以上、陸誌(昭和59年2月号)の熊谷愛子氏の評の引用句を一部転載≫
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よく泣く児虻影曳いて豆の木へ
葉先より枯れる穂先で試めす笛
終戦日芋の葉裏で蝸牛乾き
冬虹の太き根方へ魚揚る
曲つたままで打ち込む風禍を防ぐ釘
税重し護岸コソクリに蟹住む国
雪代が記憶の淵に溢れおり
念仏一揆の邑や奢りの柿千珠
月轢かれ駅夫欠伸で切符切る
もう厭な履歴書書きに唖蝉翔つ
雨期の灯にかたまり歩く米食人種
淡彩の春や信濃は耕一途
一点に雪山照らすダム造り
知床の大夕焼に牛座る
作られた決議でどつと北風と散る
鉄扉が閉す冷凍工場木瓜蕾む
鋼積みだす道幅だけの鰯雲
月蝕の鋳積まれて蛾に越さる
秋桜子や死罪を残す国造り
同じ顔で言葉通じぬ旱橋
台北の月下奥歯を抜かれけり
西日中唐三彩の駱駝噺く
檻の春孔雀展げて余らざる
新茶喉に溜め校正の朱書きする
団交は若葉の匂ひに囲まれる
≪以上、陸誌(昭和59年2月号)の大塚千光史氏の評の引用句を一部転載≫

太秦女良夫 句集『石蕗』(第三句集)平成5年

時雨るるや即身仏は自然な手
寒風に戻る木馬が停まるとき
椰子梢除夜の花火が越えて爆ず
寒鯉を見ぬ日原潜横行す
ずぶ濡れの芒の崖に陰の神
蚯蚓鳴き終えても妻の長電話
てのひらに不作の籾を嚙んで吐く
栗飯を話題に珈琲冷ます主婦
釈明の文投函し蚊喰鳥
出目金も仲間に選挙事務所かな
点滴の泛く泡一つずつ蛍
恋人の傘傾けて蛾を避ける
樹々抜けてくるふらここの軋み音
正面と違う横顔官女雛
気の変わる午後の買物木の芽立つ
春寒や主婦呼びつける洗濯機
屑籠に歳暮のリボン絡まれり
石へ落ち泰然と柿腐り居り

太秦女良夫 『塵埃句集抄』(第四句集)平成25年

瓜泳ぐ昼寝の村の水汲場
リラ冷えの透析室に鼾せり
春浅し切除せし胃の常に飢え
ヘリの上にヘリ飛んでくる秋出水
緋は不動白は阿弥陀の曼珠沙華
滝飛沫般若心経溶けており
落葉松の真上はるかに雪崩音
眼の合いし幽霊無風の崖へ消ゆ
取り毀す屋台に降れる桜蕊
龍神の孫の登ると夏欅
草紅葉より放ちたる熱気球
花とべら暮れてしまえば白鳥座
九段坂蚯蚓匍匐し干涸びぬ
片蔭や抱かれて舌を伸ばす狆
森の香を肋に纏い蕨摘む
海苔掻ける岩を跨ぎし海女の股
風呂の柚子両頬に当て婆の幸
灯さずに夏至の日暮の長電話
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息止めて投網を肩に構えけり
寝返りて吐息荒げし風邪の鼻
初産牛の乳房桃色初搾り
春笋がごろりと厨明るくす
壁泉の獅子の涎の止度なし
四次元を鼾出入りす霜降る夜
煙突に火傷の羽虫仏桑花
萌ゆる丘斜塔は雲を煩がり
 ネルトリンゲン
城壁を撓らす町に麦青む
 ジュネーブ近郊
蒲公英の原野に牧夫の棚作り
春風の巴里を早駆け騎馬婦警
 マイアミ
信号灯吊る辻驟雨の水溜り
困憊の色見せはじむ曼殊沙華
指天宮前の魚屋鯔洗う
島の柿溢るる生命の熟れし色
ピーナツ炒る人情厚き宝島
朝寒に目覚めし彩の蘭の鉢
霊洞宮農即商の門前町

内山寿子 句集『花野道』平成5年

鳥帰る百千の眼の一方向
花野経て暗渠へ急ぐ流れあり
綿虫を吹いて一人に戻りけり
少年のソプラノ無傷なる白桃
梅漬けし夜は亡き母に近くあり
夫とゐる春昼一人づつのもの
曝書する吾が青春の書に伏字
天の川みえず誰彼よぎりけり
コスモスの群落一本づつ細身
ふかぶかと衿立て流氷近づけり
雪原を留める待針サイロの赤
雪原を翔ぶ影青く尾白鷲
辞儀をして崩るる重心霜柱
寒林の蒼は次の世琴の音す
来しばかりにて浮き鴨の荒々し
手花火の玉で火を継ぐ姉妹
耳打ちの手より余れり白き息
露けしや胸に吊せる舌下錠

≪以上、陸誌(平成5年)の町山直由氏による評の引用句から一部転載≫

遠藤豊成 句集『薬の日』平成18年

空調機バラして洗ふ薬の日
哄笑のへそにまとはり夏盛ん
高速道山にぶつかり雪光る
町内の銀行去りて梅咲けり
春の日に光るまま暮れ山の城
文明のほとりの草を取りにけり
巫女さんのカップラーメンにも淑気
シベリア上空左足から冷えてくる
  旧校舎解体
解体のほこりの中の玉椿
ガス管の行方をたどる沈丁花
熱帯夜グラグラの歯の大事なり
悟桐に雨や孤高は選ばねど
春の月何か反対して通る
路地あれば縦に日の出る彼岸過ぎ
行く水の霞にそそぐ美濃の国
かがやきの憂ひに似たり花水木
夏雲を追うて行くなり子守歌

大石雄鬼 句集『だぶだぶの服』平成24年

みな尻をもちて神輿のあと歩く
栗の木を逃げだしてゐる栗の花
麦秋を運ばれてゆく避雷針
天井を田植ゑし人の足の音
眼帯をして飛魚を喰つてゐる
蝙蝠の心臓空をふらふらす
象の頭に小石の詰まる天の川
夜長し背中ばかりの虫歩く
冬花火からだのなかに杖をつく
盲腸のあたりで手毬ついてをり
浅利汁の病のごとき熱さかな
鳩の爪黒ずみ祭囃子かな
日傘より子供育てし腕あまる
夏痩せてメリーゴーランドと沈む
厨房に胴のみ見えてゐる子規忌
猫に耳がぼりとあきし菌山
犬歯見せ寒中水泳より戻る
焼藷屋柱燃やしてゐたりけり
てのひらを落とし雪野に転びたる
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恋猫が佃島より逃げてくる
神経を抜いて冷奴を喰へり
泣きじやくるやうに蚯蚓の潜りけり
青水無月ヨーヨーが手に逃げてくる
源流にゐて夏シャツの筋目たつ
浮輪の口つきだしてゐる生家かな
虹の空ほういほういと皿洗ふ
動く歩道に家族の詰まる晩夏光
花火見てきしざらざらの体かな
祖父逝きて触れしことなき顔触れる
虫売がだぶだぶの服にて眠る
木乃伊の手胸にとどかず雁渡る
人魚姫沈む泡あり花芒
弥陀堂にゴム手袋の凍ててをり
目に雲が詰まつてゐたり福達磨
磯巾着小石あつめて眠りゐる
前のめりのままの剥製霾れり
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やどかりの後ろに妻の巨大なり
水撒きてすつと消えたる喉仏
夏痩せてバナナのやうな服を着る
粉石鹼に青空の粉九月来る
雑巾ののたうちまはる池普請
肩組めば肩の邪魔なり冬の草
青年に燕棲みつき腕ほそる
ランプの口天にひらいて啄木忌
うつすらと手品の種の鳩交る
ハンガーをかけて船宿朽ちてをり
冬近し港の縁はゴムである
富士山が心に硬し灯油つぐ
回し猿ふつとアスファルトを舐める
肩車より白鳥のやうに下ろす
鯵喰うてかんかん照りの男かな
蘖のふつと背中にあつまれり
自転車を嫌がる向きにして晩春
燕来てテニスボールの生々し
腹巻のせりあがりたる花ミモザ

大内政江 句集『ハーモニカ』平成23年

裏木戸のむやみに長き夏の暮
大棟木ぐらりとゆれて昼の火事
金柑の煮つまって金放ちけり
釜出しの皿ちりちりと北風に鳴る
銀扇であおぐが如し水をまく
捨苗が捨田にたどりつきにけり
とろ箱に水ぶっかけて寒明くる
職引くは流離のごとし水の秋
春霞出雲一円神隠し
初産の牛の一声芋茎炊く
新米の袋の耳の揃いけり
切れるほかなし烏賊釣の昼の電球
蝉の殻使い残りの實母散
春星や夫の遺せしハーモニカ
川二つ越えてひびくや神楽笛
田仕舞の車座にある犬の席
田植機の蛇行ゆるさぬ試運転
十薬の群れて尼子の砦なる
芍薬の珠のごとくに身籠れよ
螻蛄鳴くや太字の辞書と夜々あそぶ

大野和加子 句集『春帽子』令和2年

枯れてゆく蓮や背筋の伸びてをり
星月夜児は足し算の日を重ね
石段は素足でゆけと隠れ里
実習生見守られゐる花の雲
深き谷のぞきて飛びし草の絮
十センチの靴が付けくる花埃
古井戸に映るはるかな春帽子
秋嶺へねずみ返しの小屋並ぶ
金平糖かむ子なめる子日脚伸ぶ
大盛を婿に出したる甘藷飯
抱きし嬰返して胸の寒くなる
中継カメラ飛鳥の稲に分け入りぬ
高空でしぼみし皇帝ダリアかな
風花が伊吹山より母見舞ふ
夫に似し胡桃の好きな子が嫁ぐ
父の忌を連なつてゆく螢狩
足早を冬たんぽぽに止めらるる
峰雲に祠のごときものありぬ
隣室の笑ひで襖ふくれをり
茅花流し涙が先に走るかな
流木の神さぶお水送りかな
蠟梅に向けし笑顔のまま歩く

柿内夏葉子 句集『光』平成16年

元旦や老いても叩く光の門
踏まれゐる神の落葉に吾重ね
極月や地に住む神を探しゐる
供華挿され筒の孑孑溢れだす
焚火尽き結びしままの縄の灰
首立てて白鳥見えぬもの恐る
巣籠りの白鳥の凝視より逃る
手に取りて片貝ばかり春汀
桜貝拳を緩く持ち換へる
竹の花傍観者の眼我にあり
大根の首のみどりの春に会ふ
新松子見てきて若狭塗の艶
霧の奥求めて森を抜けてしまふ
竹煮草からから吹かれ獣道
発掘の瓦に布目梅雨湿り
半日を輸血の手配花満つ日
紅玉の化粧は白粉おとすこと
内なるもの指先にこめ葡萄剝く
マスクして裡を見せずに遺品分け
立冬やテロとコーランどう結ぶ

加藤 朱(あかし) 句集『朱』昭和52年

蝸牛わが掌のうちを眩しがる
練炭のはじめ他人のにほひなり
冬鵙に鳴かれ鋸熱くなる
野火を守るかすかな怖れ髪にあり
すすきに触れなにかを思ひ出せずにゐる
米を磨ぐ五月の鶏にかこまれて
夏至の日の鋏づかひに疲れたり
澄む秋の火の底に髑髏見えにけり
空腹が灰色となる旱犬
桜桃が内にふくらむ日昏どき
糸切つて口中ひびく雨の鵙
はたはたの惑はざる音ひびきけり
暗がりの風船われをおびやかす
声かけて野分の髪が口に入る
黴けむり主婦の疲れは声にでず
十二月叩きてラジオ点すかな
鰯雲拾いし猫を肩に載す
梅雨明けの梯子にからだ容れてはこぶ
丈高きひとのうしろに滝をきく

≪以上、陸誌(昭和52年11月号)の町山直由氏他による評の引用句から転載≫

加藤喜代人 句集『蘖』平成4年

地に膝を抱いて憩えり焦土萌ゆ
指美しくなりて晩春職あらず
春暁の産湯の吾子に紅充ちぬ
咳けば我在り伎芸天の前
ひこばえや年輪の渦みなちがう
平成へビニール混る鴉の巣
水母の屍はひかるゼラチン黒干潟
てにをはを見せ城址へさくら散る
面脱げば湯気立つ少女寒稽古
コスモスへいま一と息の車椅子
鰤担ぐ少年すでに漁師の肩
凍鶴の安息片脚上げてより
瓶の中の帆船に乗り迷い蟻
太宰忌の川を空壜立ち泳ぐ
落葉踏む二人言葉であたたまる
原潜の浮上に沸騰冬の潮
ハッと点る祝辞の一語冬薔薇
メーデーの芝生で替うる紙襁褓

≪以上、陸誌(平成4年4月号)の町山直由氏による評の引用句から転載≫

加藤山査子 句集『四温』平成12年

ついてない一日なりし敬老日
山へ行くために飯炊く文化の日
盤台の魚みな生きて四温の風
平和惚けして萍のさざ波す
猫なぜかこわい顔して喜雨のあと
螢狩りに誘わる夫婦別々に
水貝や逢うは別れと誰が言いし
甘薯を剥き少女と神様のこと話す
大好きな人と川見て春惜しむ
人間がるの字に座る木下闇
梅固し臥牛に似たるさざれ石
ガム踏んだまんま師走の街歩く
見る影も無い預金利子蠅生る
ラヴチェアのラヴおそろしき春一番
適材は適所に居らず竹の秋
事あらば鳥賊墨を吐くごとくせむ
閣外協力型夫婦なり枇杷啜る
木枯らしや一つしかない選択肢
海鼠食う次の世紀へ生き延びて
このわたや最晩年の無為無色

神山 宏 句集『零』(第二句集)平成27年

地球から剝れたばかり冬の石
雪嶺のおおかたに陽やおはようさん
大蟻に出会い頭というがあり
青鷺の溜めにためたる歩みかな
ずぶ濡れのはだか電球谿若葉
葉巻虫沼がのみこむ昼の音
玉虫のとぶ十字架のごときかな
暗く暗く野鯉はふとる鰯雲
風垣の何も植わつていない畑
岩魚釣る水が一緒に上がりおり
贖罪のよう無花果の割れており
人日や流れ着くものナイフの柄
永き日の荷台に舟のスクラップ
捕虫網ふたつがとんだりはねてたり
今朝着いたばかりぴかぴか茄子の馬
砂に顔打たれて春の休暇果つ
冬ぼたん海触の穴深からず
ぼんやりとサイロはのつぽ馬肥ゆる
荒畑のどこをふんでも十一月
冬の鳶河口は海に突き出たり

河内静魚 句集『氷湖』昭和63年

鳶消えてかあんと氷湖ありにけり
たどり着き氷湖にどつと息を吐く
白鳥は空の十字架着水す
春雷や木乃伊の陰の隠し布
マスカット真昼の月は天の骨
密室に董もつとも祈るなり
リラ咲いて硝子の傷にうすき虹
虫屍ひきずる蟻のうしろ向き
水越えて来し蜻蛉の透きとほり
鎌倉や杉の形に蟬の声
この町を大跨ぎして雁の棹
鳶の輪のいつもどこかの冬切りとり
戯れに負へばよろめく朧かな
麦秋や生きる髑髏の乾かざる
厨辺のあはきため息雪女
われ佇てぱ一感嘆符夏木立
凍鼻二つ神にあらざる同志にて
別離ぐんぐん寒夕焼ヘアクセル踏む
パラソルと帰り三鬼の海のこる
遠き悔は砂の軽さに黄のカンナ

≪以上、陸誌(昭和63年4月号)野口嘉子氏による評の引用句を一部転載≫

川口一代 句集『浮雲』平成10年

踏み切つてしまえば紫雲英の花ざかり
山法師昨日が消えてしまいけり
時間よりこぼれし鹿と二月堂
牛蒡蒔き残りの時間見えて来る
つぎはぎの女の時間鰯雲
父の忌や骨のような牛蒡掘る
蝮酒を買つて三鬼の話する
裏返るゴッホの木靴夏の月
瀧ごうごう宇野重吉の叱咤かな
山頭火芒の地獄を見ていたり
鑑真さま木の実残らず上げまする
沖縄の椿を現像室で洗う
額縁に納まるまでの青嵐
すべり台染井吉野へ落ちてゆく
夜明けまで青い狐を絵に戻す
煮凝りの目玉をつゝき鉱山終る

≪以上、陸誌(平成10年4月号)の町山直由氏による評の引用句の一部転載≫

北村風居 句集『空蝉』(第一句集)昭和61年

薊挿して校長といふひとりの席
廃校に電球残り朴の花
姥捨の傾斜千曲へ花りんご
青りんご溢れ信濃が甦る
火消しホース櫓に吊られ桃の花
田に余る水音たてて夏去りぬ
段々畑谷攻め上げて深雪村
暑き日や模型巡査は道の神
雪ふかし一茶の句碑の前屈み
茎潰を欠かさぬ藁の信濃かな
啄木忌白菜だけが豊富にある
冬川に足裏を見せて鼠死す
肌に糞凍らせて牛立ち上がる
雪円く解かし糞あり兎道

≪以上、陸誌(昭和61年7月号)の加藤喜代人氏による評の引用句を一部転載≫

北村風居 句集『鰯雲』(第二句集)平成16年

真直ぐな父たりしのみ梅真白
蕗の薹此の谷の空抜けられず
鰯雲一芸もなく老いにけり
千駄焼く火に遠くゐて老巡査
「一里一尺」信濃の奥の雪ことば
老農婦死ねば売らるる春田打つ
芋を掘る女の愚痴につき合へり
縒りよりて白糸となる女滝
橋ごとに千曲が肥り行々子
百草丸だけの店あり雁木町
大屋根を虎刈りにして雪下す
富貴にはなれぬ一村花杏
一茶忌の狐出さうな投句籠
もう乗らぬスキーを自叙の一つとし
百姓を蹴散らして翔(た)つ稲雀
蓮根掘り誰の声にも振り向かず
胡瓜・茄子盗んで村の子となりぬ
サンタさんお酒好きかと問はれけり
大嚏風居己れを吐き出せり
不幸など言ふな言ふな扇風機
東京のデコボコの空大試験
スキー靴カレーハウスの中歩く

≪以上、陸誌(平成16年5月号)の山本千代子氏による評の引用句から転載≫

熊谷愛子 自選50句より 昭和57年

果実の言葉炎天をゆく少女らより
ころがされ深傷筍匂ひ出す
男踊りは地を抱くかたち阿波踊り
遣りし母動きやまざる寒禽飼ふ
火事に走りその後を走りつづけをり
木枯にさらはれたくて髪長し
肉声や青葦原に機械来て
影の山羊彫の草喰み敗戦日
一裂けの紺朝顔を力とす
竹を伐る水中に眼をみはるに似
原罪の股ぐら熱し実梅採り
ぴつたりと猟犬を着け若き腰
アルプスは疾走はじむ青林檎
山中を日の過ぎる音白椿
いちじく一個の皿がずらりと老人園
胴へ直下すキリンの怖れ遠き火事
包丁始鬼ゐて逆手そそのかす
降る雪にもう痩せられぬ竹人形
雪の山脈雪の田の果めくれ聳ち
いま死ねば韮くさき手の一老女
花ござを女体投げ棄つかに展ぶる
体内のあらしから手が梨をむく
しめ鯖やうらぎりも蒼脂して
乱菊をあしらふ縄のつひに来ず
≪以上、陸誌(昭和57年5月号)の記事から一部転載≫

熊谷静石句集 『水尾』『棟』 昭和58年

つつじ満開群衆なにかへ走り出す
しばらくを終車が運ぶ祭の灯
暁の月靴を巨大に誤診ならず
蔦しらむ広場のひとり水のごと
骨拾ふ母の色なる山桜
手が触れて妻が踊の輪にゐたり
命日の雪のピアノに雪の椅子
雪嶺のうらがわ炎えて誕生日

≪以上、陸誌(昭和58年11月号)の中村和弘氏(現主宰)による評の全ての引用句を転載≫

小菅白藤 句集『遠野火』(第一句集)昭和58年

野火放つ見えざる火種持ちあるき
野を焼きし夜の顔壁のごとく冷ゆ
耕して土の少なき岬の田
遠霞見張る眼のまま鹿射たれ
腹に熱溜めをり梅雨の孕み牛
梅雨の鶏牛に嘗められても漁る
もの言はぬ迷子がのこり花火果つ
弱りゆく草に浮き出て青蟷螂
事故死の児抱かねば月に冷えてゆく
芹を摘む手に馴れし水あら立てず
炭火の上盗みぐせある指鳴らす
橇の牛横振れなくし帰路につく
汗を拭くデカの眼玻璃に生きてをり
月の夜の崖より堕ちて死せる鹿
かなかなや森より牛のはみ出せり
螢火の川を流るる大地震
日盛に耐えゐし鶏のふと交む
にんげんをちぢめ月下に張込みぬ
声に顔あり稲刈りしあとの闇
湖を欲る家鴨したがへ雪を掻く
春の闇水の流るる牛の腹
太陽や新雪密にうごきをり
寒鯉の切られて口の音のこる
紅葉のうらがは暗し石仏

≪以上、陸誌(昭和58年5月号)の中村和弘氏(現主宰)による評の引用句を転載≫

小菅白藤 句集『鬼古里』(第二句集)平成9年

見てならぬほどに岬の雪痩せぬ
検視せし手をくらがりの雪に拭く
張り込みや寒波につよき耳ふたつ
氷水デカの眼いまも隠しもつ
芒漕ぐデカに使ひし眼を捨てに
やまつつじ土着の顔の牛に遇ふ
耕すや蛙を土に帰しては
よき音の出さうな氷柱賢治の里
癌検へ羅の妻曳航す
早苗餐やをんなが膝をおろそかに
元旦やいくさを知らぬ国旗出す
部屋中に雪掻いて来し息を吐く
負鶏の眼にちから残しをり
父の日の母がひらひら村あるく
冬籠キリンが首を取り外し
小岩井や蟬の鳴きだす牛の胴

≪以上、陸誌(平成9年8月号)の稲村茂樹氏、織田玲子氏評の引用句から転載≫

小菅白藤 句集『暖冬』(第三句集) 平成19年

天のもの鳥のものとも木守柿
暖冬や遠出の猫と出つくはす
暖冬や雪をわすれしふくらはぎ
白鳥の羽搏きて身を量りをり
ぼんぼりを消して桜を休まする
白神をころがりあそぶ親子雷
雪割りの女の秘むる力瘤
雪降つてのつぺらぼうの村に住む
チャグチャグ馬コ全身眠き児を背に
神前やチャグチャグ馬コの魔羅伸びる
曲り家の氷柱に序列あるごとく
牛の眼の中の氷柱を打ち払ふ
飢餓仏の五百に露のゆきわたる
凍て滝の胎に滝の子何万と
火の山へさはらぬやうに門火焚く
高原のつつじ地のもの天のもの
八月の天に大きな傷のあと
つきまとふ影捨てに入る枯木山
ひぐらしの火とも水とも平泉
胸奥のものに火のつく牡丹の芽
勝ち牛と負け牛の眼を引離す
鬼やんま怒りを天へ捨てにゆく
野の沖の焚火と見しが鶏毟り
ゆきどころなき春塵の立ち上る
赤い羽根あかく映りぬかつぱ渕

小菅白藤 句集『岩手嶺』(第四句集) 令和3年

おぼろ夜の岩手山姫神山ねんごろに
ほんものの春泥ここが渋民村
定年の四月を妻に明け渡す
新米を磨ぐやをとこの力抜き
をとこ手のきりきり洗ふ春キャベツ
満腹の牛に仕立てて年送る
百牛の息の氷柱を太らせる
元日や貌の重たき牛座る
羅や僧の輪郭あきらかに
亀鳴くや一億あたる籤買うて
裏側を削られながら山眠る
賢治の地ネクタイしめて案山子立つ
剃る顔のありて八月十五日
十二月八日の暦びりり剥ぐ
あめんぼう憲法九条忘れるな
鎮魂の夜鷹のめぐる津波跡
津波跡すき間だらけの桜咲く
七夕や津波原発余震なほ
功労賞すなはち冬の蝶々よ
春の日や声先立てて兜太来る
あたたかや戦車のやうな兜太来る
あたたかや永久に兜太の手やはらか
数揃へ予約のやうに白鳥来
五月野をいたはるやうに鹿踊
≪以上、陸誌(令和4年2月号)の淺沼眞規子氏による評の引用句を転載≫

あたたかや不用のふぐりもつ仔牛
花どきやまだのこりゐる力瘤
でで虫の足元しかと見てあゆむ
ちから抜くことなき夜の作り滝
金色の雪降りゐるか平泉
蓴摘む話しのちから抜きながら
ねむりたきががんぼあるく夜の畳
はるばると来し本物の蓬餅
三月や眼と耳海に使ひ切る
葱坊主これが少年たちならば
芸術の欠片のやうな夏落葉
夏に入るよく足洗ふ娘に育ち
いさぎよく兜太の消えし新暦
晩年の減らされてゆく更衣
≪以上、陸誌(令和4年2月号)の大類つとむ氏による評の引用句を転載≫
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塗り立ての畔に田螺の立ち上がる
音立てて街の真中を鮭のぼる
新暦牛にも読めるほど大き
いくさ経し神を抱へて山笑ふ
かまきりに似てきし己の顔を剃る
傷あまたかかへ漆の芽吹きたる
汗を拭くたび沈黙の耳がある
村歩く旧正月に合ひたくて
屠蘇酌んで昭和の正座こころみる
馬神の鈴高々と年送る
口紅の欲しき緋鯉の浮き上がる
切株となりて平等大西日
秋天の青いちまいのもてなしに
海底の御霊よ冬のたんぽぽよ
勝ち牛と負け牛の眼を引き離す
野遊びや牛のまなざし幾重にも
馬墓にたちまち生える蝮草
見るからにキリンの下界子供の日
温泉(ゆ)の色となりて散りたる白牡丹
年玉にのけぞる嬰を抱き直す
焼く餅の昭和のほどに焦げやすく
姫神山のすずらんまではたどりつく

坂本真理子 句集『くろ羊』(第二句集)平成11年

秋高し一匹まじるくろ羊
裏方へあんぱん届く聖誕祭
春深しどつかり閉じる広辞苑
月食や薔薇はひそかに崩れたる
桐一葉柄を引きずりて走りけり
裏白のからから吹かれ駐在所
楪や亡母のバイブル朱線濃く
脚太き馬が通れり加茂祭
手花火のまだ出ぬ音を恐れけり
松過ぎのパン連なりて焼き上がる
そら豆の一粒ずつをゆりおこす
逝く夏へころがされたる洋酒樽
風邪の子の水飴の匙なめつくす
さしえ見るだけの洋書や秋うらら
ボールペンぐりぐり試す余寒かな
雑巾を縫うだけのミシン鰯雲
四月馬鹿卵おどるまで茹でし
梅雨晴間あひる汚れて飼われけり
春の夜の歯並の合わぬ祝鯛
死は不意に羽をたためり秋の蝶

佐々木貴子 句集『ユリウス』平成26年

怪獣と打ち解けし晩ゴーヤ食う
凍道の俺が無限に割れている
早春の海に巨木の息づけり
ぶつぶつと穴あけながら桜散る
磨硝子ぼんやりと蛾が咲いている
箒木に百億の昼絡まりぬ
明方の霧笛石碑となっており
姫始め額に巨木生えている
鳥帰る空に油の筋ひかる
みごもりの胡蝶の空を蹴つている
スリビジャヤ西瓜王朝擂り潰す
ぎりぎりと締めつけて夜を球にせん
まみどりの太陽どろり凱旋旗
紫陽花の半陰陽が海の丘
永遠の夏野背鰭を燃やしけり
タッパーに作りおく虹しんなりす
天泣や土偶の洞が火(ほ)と叫ぶ
半身は陽の化身とぞ紅葉せる
ぼろぼろと雪が剝がれて鉄の空
いつまでも夕日降りくる微生物
血管は咲き狂いたる雪の枝
雪ふってふって人間うすまりぬ
中空の 0 おごそかに回転す

庄子真青海 句集『カザック風土記』昭和51年

雨期ゆたかに青年熔炉の匂いもつ
逢えば油臭の気安き仲間多喜二の忌
妻病む夜々無明の沖に棲む軍艦
疲れ泛く河口火薬庫旗綟れる
昼は鉄うつ大き掌にうく西瓜種
千の牛にじめり雨季へ最上川
子の積木ねばこし梅雨夜の飛行音
南部曲家圧す雪婚歌溢れしむ
郷遠し傷もつ枇杷を妻の手に
蒔く種を掠めつ風戻る故郷
日々増す子の重さ花杉滴る雨
てのひらから眠る子青いロシア向日葵
漁婦濯ぐ湾だぶだぶと台風圏
夏おわる足型にいたむ海の色
雑木山伐る母渦となり照り昃る
髪根いたし野火渉りゆく水の上
針山に千の雪襞母病む日々
悪食にすみれ寂びゆきおもかげも
黄楊櫛の匂いすりへり冬密に
ヨット溜りに生毛さみしき少年ら
ゆるぎなき日傘の黒は母の傘
形代や水際と知らで還りゆく
切能や硝煙こもる雉子の玄

≪以上、陸誌(昭和51年9月号)今井聖氏による評の引用句を一部転載≫

城 佑三 句集『紀伊半島』(第一句集)昭和50年

麦密にくらやみ熱き紀伊半島
春の灯のふつつと消えしまもなく点く
人の爪はこぶ真夏の夜の蟻
はこばれし膳に祭の雨のあと
鏡に罅顔がふたつに割れて寒い
せともののようなる足に足袋はかす
闇の中に寒き眼があり眼のふちなし
去年今年檻のごとくにあばら骨
冬雨の中を音なく風とほる
昼寝後のゆるめる肉に蝉ひびく
海ぎらぎらと撒く蟆子(ぶと)は血をぬすむ時刻
犬の舌かならず貌の外に炎ゆ
蟻の群全裸の蛆を虐ぐる
剃刀のつめたさをほほにくりかへす
水に浮く月の裏より蛙の声
冬日向女体壊れるほど哄ふ
秋の蚊をうちし掌水のごとく鳴る
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病顔のうへ七夕の蚊のゆきき
灯籠の暈ふれあふてならびけり
白き弧の虹の残像九月尽
空海に似るとき夏は来てゐたり
日の暈や漁港波際蠅とんで
漁婦濯ぐ子を負ひ尻に西日貼り
夕焼の裏寒星の配られをらん
壁の裏も皿を鳴らせり冬の夕
箒木に壷よりあげしような月
海に覆ふものなし犬の舌炎えて
鮫の腹雪色一文字に剖くや
臥食吾に陽炎鴉くえくえと
命儲けし父にたんぽぽ極楽色
子の髪撫づるために春の夜父の掌あり
尿もらし朝よりこどもの日を穢す

城 佑三 『枯木灘』(第二句集)昭和55年

貝寄風に鳩流るるや尼の足袋
猫消えて桃の花より烟立つ
夭折予定五十五へのび鴨にゐる
枇杷の種の鉄片に死にがたきかな
余りあとなし鞭を引いたる冬げむり
生きてきて昼寝や覚めてまた生きる
死支度怠りがちに帰り花
母のけむり刻かけて桐の花くぐる
尾のさきにちちのくにあり蛇の衣
兄妹の余生へちちが示す滝
俤のははへつばめの出入りかな
蟬の穴の奥に羅刹の耳のあり
猫跳んで仏にあへり柿の花
次の世のこだまのかへり昼花火
墨汁のごとき禱りや七月尽
日月や殊に夫婦は柿の頃
地よりのぼる電柱の罅枇杷の花
炎天にみしみしと罅鉾すすむ
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春昼や罅でつつみし犀の尻
夕薄暑読むごとく蟻ひとをのぼる
あぢさゐの花蔭へ蟻鱗ひく
錆のいろに死ぬあぢさゐを蟻のぼる
蟻の嗅ぐ銹びしはりがね盆の道
神に対し横むきにあり蟻の穴
紙平たくあきかぜに立ちたふれけり
四苦の終りの近づく一苦枇杷の花
冬深し足でつながる人と影
薄暑の川紙に刷られし顔流る
今日の頭もうわれに載り朝ぐもり
炎天の焚火はりがね燃ゆる見ゆ
灰うごきをり炎天の焚火跡
冬の月空にも人の速さあり
形ある液体のこり水母の死
≪以上、陸誌(昭和56年3月号)の町山直由氏による評の引用句を転載≫
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眼が二つ草の葉にのり孕み猫
影がどきりと齢示すや祭中
芦の茎月夜は水ののぼるべし
白髪だけ非凡にふえて吹流し
蟬の穴にささりし雨を見とどける

城 佑三 遺句集『柿拍子』(第三句集)昭和62年

涅槃像世の終る日も西を向く
万緑や人に死あるは生きる鞭
まるで病むために生まれて昼寝する
流灯のひとつ火の髪ひけるなり
いなびかりわが胸の海老いにけり
薄暑の墓背中に死にし日を書かれ
怖れても拒みても死や油照
花くぐりつつ西国へゆくごとし
神は死にき薄氷に鶴挿せしまま
白鳥に昨日瞶られし顔を剃る
白鳥の尾羽吹き立ちて恥なき陰
白鳥を嚙む白鳥少し憎し
白鳥歩く歩ということを確かむごと
柿拍手して東京の人迎ふ
曼荼羅図月よりの道あをく垂り
普賢の象薄暑も微笑ふ鼻の皺
走馬灯花・馬まはりみんな死ぬ
切りし爪蟻がひくなり盆の唄
椿より嚏もらひし寺詣
地を叩き哭く羅漢あり涅槃絵図
わが荼毘は柿落葉焚くごとくせよ
≪以上、陸誌(昭和63年1月号)の高橋鋼乙氏による評の引用句から転載≫
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笹鳴きや耳を平たく馬甘ゆ
水中へ雌を踏み消し鴨つるむ
見てをりてふとまた会へぬ蟻と思ふ
耳のかたちの鶏頭愛し晩年へ
月と子と夏の夕べのふたつの玉
花冷えの空に鳩いつまでの父ならん
美知子よ生きる的には朴の花を置け
諦めが鶏頭に入りはじめけり
卯の花や鞭ゆるめればわれ終る
花ののちの実のそのごとく死を得べし
隣へゆくごとく死にけり吹流し
汗にじむ人体と人分けられて
器械で流され身に帰る血も秋の暮
右腰に鈍痛の巣や浮いてこい

白鳥 峻  句集『陽炎』昭和51年

秋風の少年ナイフを幹に飛ばす
花桐や睡るごとくにモーター止む
灼鉄打つ蝌蚪限りなく生まるる日
掌の唖蟬身もだえつづけ基地砲音
夜焚火してわれを盛大に葬る
いま喰べしままの重みの深雪靴
もう耕せぬ田に生れきて田螺かな
径曲がるかたくりの考へてゐる方へ
神の手の青き折紙きりぎりす
火の着きし紙のごとくに罌粟散るは
蝙蝠の死や一塊の襤褸たり
隠沼も月を得しころ湯浴み妻
妻とほし焚火の火の粉星と逢ふ
妻の日記に乾ぶ紅葉を吐き出しぬ
鳳仙花下駄より余る踵若し
黄一輪白紙に置きて香を遺す
望郷や匕首ひらめかせ鮎のぼる
散水車の胴が汗かき親しくなる
谿空の桶が割れたる雷雨かな
白南風にこのおしやべりな赤絵皿
  
悼・寺田京子詩姉に
揚羽消ゆ暁けに得しものきらめかせ
  
再び楸邨師の鷺草の句に和す
鷺草の白のほかには咲けませぬ

≪以上、陸誌(昭和52年3月号)の石寒太氏による評の引用句を一部転載≫

杉山よし江 句集『房州琵琶』令和2年

寒禽の群れ飛ぶ空の伸び縮み
アロハシャツに馴染みし人を信頼す
茎立ちてほがらかな隙生まれけり
吊り直したる風鈴に別の音
寒晴のきんきん削る船の錆
後ろ向きに上がるプールの監視台
屑薯を畝のビニール押さへとす
湖を捲りて霧の横なぐり
迫り上がる濤や若布の全長立つ
鎌に触れ毛虫緑をしたたらす
実梅落すを百歳の見てをりぬ
房州枇杷溢れ母校は道の駅
鴉の裂く肉片赤し日の盛
茎立ちの花構はれぬ暮しして
灯を低く菜の花量りては束ぬ
干若布包むに力塩梅す
楊梅の地滑り先で実をつけぬ
無人の蜜柑買ふに小銭をくづし合ふ
盆が来る鳥黐の木も太くなり
柳絮きりなし置き去りにされてゐる
綿虫翔たす唇で押すやうに

高橋鋼乙 自選50句より(昭和53年)および 追悼50句抄 平成16年

まれに叱る父の童顔白牡丹
植田光る帰り路父母の中あるく
夜勤明け一顆のままのトマト吸ふ
母のくに峡田の案山子腰高に
石ころの間引嬰の墓蟻あそぶ
水子塚こけしの相の冷撫づる
新聞紙に目刺の脂旅おはる
河童忌やマーキロ染むる膝小僧
祭果て掌中に鳴る風車
厚みある婚儀の書状花菜風
鉄匂ふ踏切の風天の川
湯帰りのちちはは匂ふ鳴子田に
誕生日の歩みを締むる草は穂に
農婦ゐて睡りうつさる暖房車
箱で売る鰰うごき風邪兆す
地吹雪の宿直一灯のみ残し
年用意ほのぼの匂ふ牛蒡の身
汲子塚くびれあらはな蟻もぐる
祭笛陶の灰皿すがすがし
妻使ふ箒片減り朝つばめ
梅雨の夜や座りてやはき喪の畳
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十六夜の墨のすり口はがね色
祖母の忌や短日の鶏相寄れり
小春日や子地蔵どれも腫れ瞼
松の蕊職に就きし子言少な
母の忌や西瓜半円の種あらは
なが旅のカバン離さず一位の実
穭田をわたり来伝導の主のことば
極月やビルの片隅草花売れ
子はアラビア夕日のつくし焔だつ
ゑぐり舟伏せ春昼の砂じめり
手紙の借りみな片づきて水打てり
明日へひらく緋バラの渦や献血す
曝しある男子離郷の藍の文字
ふるさとや藁沓ぬくき外厠
泣き黒子の子犬の地蔵雪解風
父祖の絵馬見し花合歓の森ふつくら
まばたきて五月の車窓に点字読む
長子の婚近づく朝の威し銃
喪の旅へ発つ八方に夜の稲田
紫蘇の花陶婚過ぎは無口で足り
≪以上、自選50句 陸誌(昭和53年7月号)より≫
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「な子」とのみ遺る母の字種袋
亡父が綴ぢし稲刈帳へ墨濃くする
貧しさは妻だけが知る凍大根
代田あがる馬が足裏に土填めて
父祖の絵馬見し花合歓の森ふつくら
馬へ向き茄子漬を嚙む真昼の餉
出神酒梵天雪より白き幣こぼす
小箆ほどの万体佛初明り
遠郭公定年過ぎの朝茶濃し
綱引く宵力こんにやく立食ひす
雄物川婆の箱ぞり跡まがり
子の腕で撓ふ鉄棒つばくらめ
花芒保線夫並び汽車通す
ひとり押す除草機やかの軍靴の音
子のピエロ歩いてばかり盆踊
緑蔭や蹼のある佛陀の掌
囀や四方に道ある郷の寺
煮凝りや残留孤児が雁のうた
熱粥に嬰を泣かせけり四月馬鹿
≪以上、遺句50句(平成16年6月号)加藤隆二氏抄出より一部転載≫
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夕雨や蛇がするりと穴出づる
牡丹雪わが育児記のいとおしや
書初の階へ足音塾の子ら
音逆まくトンネル時の日の電車
梅雨晴れの沼や野良着の匂ひもつ
≪以上、追悼の記事から≫

田川信子  自選50句より 昭和53年

あぢさいに寄せて一と日の採血車
良く老いて梅雨の電車に傘倒す
鼻に来る雪見つめ佇つ京の僧
ポケットで木の実を鳴らし秘密持つ
落つる時一瞬曲がり花火果つ
手袋の左手いつも右手持つ
胸鳴る時紅葉の緩き落下言う
陽の中を陽の粉となりて木犀散る
秋漁港午後の秤に少女載り
遠き火事白梅夜空薄くせり
横と後に緩く動きて花の象
急ぐ時胸深くつけ白鳥来
泉の手を風が乾かす我病者
毛糸解く幼き時の砂こぼし
洗濯機の足袋立ち泳ぐ人の婚
昨日の菊ありて生死は何超えし
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花舗と八百屋に菜の花人は職探す
試着室幕外に出し葉大根
落葉掃きみみずのばねを妬みをり
動物医へ急患着きて雪汚す
一人撥ねそこに輪が出来ねぶた移る
吾亦紅摘みてその野に失くしけり
梅咲いて警官が持つ竹箒
菜の花を厨に咲かす失意の日
蝶吐いて谷へ昏さが戻りけり
十薬へ歯痛始まる誕生日
滝壷へ消したき事を忘れたり
向き変る時芯通る夏の鯉
大雷雨鶏足あげて歩きをり
近づけるだけ近づきて滝恐る
北風巻きて喪の家人は仮面にて
陽を浴びて夜は灯を入れて毛糸編む
≪以上、陸誌(昭和53年7月号)の特集記事から転載≫

田川信子 句集『沙羅』平成19年

添乳の子浴衣の藍の翳の中
ぬり絵の子がアネモネの色聞きに来る
凍て雪を鋸で切り子のままごと
子は眠り瓶のでで虫足裏見す
乳呑み子のどこも湿りて猫柳
子の泣くや編物の手をせわしくす
添寝の蒲団抑えて夫を迎えに立つ
炭切れば炭になりたる小虫出づ
知らぬ子も隣に跼み土筆摘む
てんとう虫幹を廻りて又見えぬ
置炬燵積木して吾子うしろ向き
三角に昼の蚊帳吊り吾子寝かす
吾子三人の中に顔出し虹仰ぐ
背嚢に鉛筆踊り入学す
芒の中己が肩抱き子と淋し
夕焼をうどんの笊に受け帰る
烏賊の足皿より垂れて雪の魚屋
凍てし戸を戻しただけが又開かず
防火展つなぎし吾子の手が汗ばむ
明け易き小諸の貨車はすぐ終る
青無花果母子のぶらんこ会い別れ
春泥や子の手引き上げ引き上げゆく
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青田中農夫呼ばれて背より立つ
畑中に甘藍ほどの墓を持ち
出水の村残りし水を犬のぞく
筍に犬を繋ぎて陶工棲む
土掻くとき首筋つよき春の鶏
火縄振り半身暗き坂にあり
雪掻けば人その道を来て楽し
黒猫がすり抜け冬の回転ドア
葡萄むく指がはじめの言葉探す
真夜ひとり寒卵茹で音つくる
甘酒の終りを噛みて消えしもの
邯鄲の声までの距離いつもあり
夕顔に明日の花あり母逝きぬ
手袋の指嚙んで脱ぐ反抗期
立ち木に触れ竿灯ひとつ灯を失くす
汀に降り水となる雪積る雪
身の内の蔭は緑蔭出ても持つ
編みすぎし白をほどきて溢れしむ
閉じてゆく月下美人へ灯を残す
噴きこぼる大喪の朝の薺粥
万両に届かぬ日射し昭和閉ず
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マレー沖供華の菊花が波に乗る
菊撒いてマレーの沖に亡父呼ぶ
金魚田に千匹を見て二匹買う
万緑やトンネルの無へ入り込む
「すべるよ」と言われて転ぶ懐手
難解の句が偉そうに見ゆ梅雨の風邪
「あれが安達太良」小判草を振りて指す
蜘蛛の執念風鈴の尾を揃えたり
家住みの猫も雛も土知らず
擲つ前の蠅に負けおり打ち損ず
草刈の思い思いに遠ざかる
霜踏みて闇夜の足音近づき合う
梅雨の交番鼠うろたえ道に出る
ふり仰ぐ柿青ざめて留守なりき
残り蚊に両手挙げしが見失う
病廊の雛は患者に背を向けて
蟇過ぎり終りし戸を閉ざす
パン齧る栗鼠の尾は背にそって立つ
躑躅に向け括られて鳴る拡声機
菊に鳴る電話すぐ出て楽しい日
糸切れしより風邪の夜を終りとす
泣く孫のつめたき拳手に挟む
ビル暗く花へ口開け救急車
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花の芽と葉の芽わかれて神在わす
舞う雪のときにのぼりて合体す
口黒き犬いて峡の春祭
貝踏まれ五月の路地の砂となる
悔のない過去など持てず萩お辞儀
解き毛糸の渦家に置き能を見に
春愁や溜めては捨てる紙袋
プールの灯こわして男夜の泳ぎ
海人潜る息の長さを桶流る
栗虫に刃をあてし指一と日持つ
花疲れ抜歯のあとへ舌遊び
握り拳へ欠伸をしまう梅の昼
売る前の聖樹只の木百本積む
砂の蝶「つぶれているよ」と児が指しぬ
折り込みの地図に沙羅咲く我が家あり
あざらしのどこもぬらりと冬ざるる
向日葵を百本よぎり入院す
老後とは現在と言われて越年す
枕の形直して梅雨の夫在らず
手庇や西日へ消えし別れかな
暑に病みて鉛筆の芯指で剝く

武田貞太 句集『浄血』平成25年

薄氷に映るわれ踏み檄とせる
野火の煙り浴びて仏の匂ひもつ
道行の形に変はる花筏
宴あと名残りの落花まとひつく
わらわらと老いてゆくべし山桜
人の息地に澱みゐる花の雨
病みてをり刃先とも見ゆ夜の藤
サルビアの朱を迂回せり透析日
終戦日汗は火薬の臭ひせる
露営とも冷えし畳に昼寝覚
戦友の墓とし泳ぐ珊瑚礁
天高し鯨は海に逆立ちす
戦友を探すごと踏む熱き砂
  沖縄
死守のごと花の総立ち砂糖黍
隔離せる基地の夏芝海の如し
山の湯やばらばらにして鮎を食ふ
浄血の胸に開くよ曼珠沙華
青ぬたや減塩食の身は震ふ
負けさうな通院野菊熾(さか)んなり
戦禍とも見ゆる鉄骨野分過ぐ
黒葡萄猫の目に似る果肉出づ
干柿の肉より種の生々し
凍滝の裏滴々の水の音
巨漢ラガー有袋のごと球守る
かの日見し樹氷に腎をもらふ夢
数珠となりこてまりの花流れゆく

田中津根を 遺句集『貝群』昭和58年

霧の中かつぎくるもの皆兵器
炭汚れして坑道の氷柱かな
ねんねこの子と営門に別れいる
寒々と燈をうつしをり病馬の眸
灰ふいて秋刀魚食う夜ぞストに入る
坑を出て短日鳩も啼かぬなり
スト解けず坑衣に釘の錆つく冬
雪嶺を振り返らない炭函(はこ)押し達
遺体搬出地下足袋汗をためて鳴る
ストで昴まる身でなし春潮鉛色
いつも不眠な鴉のように負う八月
鳩しろくなって八月哭きにくる
火を消しに八月岩尾秀樹の鳩
歩いても駈けても八月忌がそこに
あの世まで火の八月を消しにゆく
鳥威しまぶしみし恋老いにけり
ぢぢばばあつめでんでん虫となる講話
栗剥いてベレー帽など欲しく老ふ
耳と目と老いて夕焼うれしがる
老人ばかり風消しにゆく曼珠沙華
赤とんぼ日暮れは別にあるごとし
チューリッブ赤し不安が居据つて

≪以上、陸誌(昭和58年6月号)の村上雅子氏による評の引用句を一部転載≫

當山孝道 句集『能始』(第二句集)平成2年

雪割の真白なる芯道に投ぐ
雪代を海のうねりが揺らしたり
春嶺や嘴を引かるる戦闘機
蜂の巣の如く灯りし摩天楼
遠足の写真半分大仏様
春の川友禅流しの鯉の群れ
心奥にちりやたらりと能始
能役者舞台に会し淑気満つ
時刻表持たぬ熱帯連絡船
「あかんべえ」と熱帯の子へ日本の子
梅雨怒濤お墓の上に曲り松
土手に鎌打ち込みしまま草を干す
陽炎が固まり砂漠の対向車
駅の夜男子生徒と火蛾群れる
秋高し行進曲の針がとび
鈍行に乗りて稲穂が近しくなる
秋日和一字づつ運ぶ広告板
秋雨や倉庫で創るモダンダンス
枯山に音を振り撒き遊覧飛機
ぴかぴかの除雪車配置峡の駅
池上がる鴨の足跡薄れ行く
着膨れの作業着はらう濡れタオル
審判台と金網のこる雪原に

≪以上、陸誌(平成2年12月号)の中村和弘氏(現主宰)による評の引用句を転載≫

遠山 弘子 句集『平手前』昭和52年 および 陸賞自選30句より 平成14年

紫蘇の香を得て九階の灯へ戻る
強霜へ月旺の靴光らせる
自我少し控へ目にゐる松の内
仏見し夜は朧に髪を梳く
囲はれて鰐の昏き眸梅ひらく
かなかなや雨量とならぬ地の湿り
鵙の声畳に据ゑて古信楽
片耳に冬日が痒し柿ちぢむ
金魚売り欅の下で声止まる
杏咲く行くさきざきに道の神
花菖蒲見たる湿りの足袋を脱ぐ
霧触れて袋の中に枇杷育つ
桐の花海へ溶けゆくひとり旅
万燈の届かぬ樹の根鬼ひそむ
紺地欲し台風あとの街に出て
登山口昼も眼の利く木菟飼はれ
月山の真清水を引き風呂満たす
万霊へ夕蟬が湧く漁夫の墓
蠟石色の沢蟹が急く丸木橋
鰤焼くや煙の渦に埴輪の目
黄落の樹海へ鴉溺れ入る
大鰤を風呂場で捌く膝ついて
≪以上、陸誌(昭和52年11月号)の平沢美佐子氏による評の引用句を一部転載≫
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二〇〇一年一軽からずごまめ嚙む
急坂を梅見るための息づかひ
袋角に背中を押され阿修羅に逢ふ
人がみな怖く見ゆる日すみれ咲く
かなめ垣一気に点火蝶翔たす
水舐めて身を輝かす恋蛍
大鴉窓覗き込むみどりの日
稲妻を絡めんとする松老樹
それぞれに老いの形や浮いて来い
原爆忌つぎつぎ殻を出るひよこ
晴天や松の葉一針づつの秋
段差強き石階の先霧の海
潮引きし砂のしめりや支倉忌
佛たち鞘堂出たき十三夜
無患子の下は孤老の瞑る場
公孫樹散り軟かそうな試歩の沓
鎌倉大佛少し猫背に冬隣
こぼれ陽の日矢に眩めり冬の森
着ぶくれし吉祥天女のまるき膝
≪以上、第一回陸賞 自選30句より抄出(平成14年10月号)≫

徳竹三三男 句集『金剛』平成14年

捨案山子風に横顔蹴られをり
秋灯下ピエロなぐられても笑ふ
山茶花は花瓶を拒み続け萎ゆ
草刈女草の血浴びて戻りけり
麦の秋鉄より強く女老ゆ
夜の女いま変身の葱きざむ
叱られて耕牛しかたなく歩む
鉛筆の芯折れやすく寒に入る
しやぼん玉吹いて良いことばかり思ふ
足裏まで淋しき日なり落葉焚く
年忘れ辛きこと百吐き眠る
ひとり居の酒飲む独活をまるかじり
野を焼いて独りの影を地に這はす
柿の花つぶす指先まで孤り
威し銃ひびき孤りの日の長き
春の風邪四面楚歌めく昼の酒
林檎食ふ歯のあとまでも孤独なる
風邪心地をとこ汚れてながらふる

≪以上、陸誌(平成14年8月号)の北村風居氏による評の引用句を一部転載≫

中条 和 句集『聖金曜』平成12年

点字もてキリストを見る聖金曜
愛書得て草笛を吹く高く鳴らねど
書見器の錆や冬日と恋遠し
月光に無蓋車つづく多喜二の忌
東北の案山子は坊主田吾作忌
いわし雲僻地教師の目から解け
げんげ田や道ゆくごとく牛の足
大雪原赦さるることなかりけり
短日の影もつ紐や死の驕り
獄の門押す秋風と聖書もて
農継ぐや牛励まして冬に入る
桃の花帽子に咲かせ韓訛り
梅干しのいよいよ赤き敗戦日
邂逅を繰り返しては独楽果てる
赦されて今日の確かさ雪が降る

≪以上、陸誌(平成13年1月号)の野口嘉子氏による評の全ての引用句を転載≫

中村仿湖 句集『器』平成29年

一粒の葡萄に宿る声一つ
花あしび愁ひは壺の形して
眼科医に昨日の枯野覗かれる
父母の眠りは深く蚯蚓鳴く
ゆつくりと息吐いてをり雛の客
ドーナツの穴がさみしい花曇
槍投げて少女の弓になる真夏
年月やただがうがうと雪解川
雪降れば雪にあらはれ獣道
飾られてその時汚る百合の花
地蔵盆供物にまろきもの多し
残菊の括られしまま焼かれけり
やがてみな花屑となる五月かな
爪嚙んでまだ真青なる桜の実
かなぶんに腕を這はれてゐるばかり
野を行けばいつかしんがり雲雀落つ
梅雨茸指さして指引つ込める
よい子にはなれず萍流れゆく
玉入れの玉が青空引き寄せる
蛸壺の口に風吹く盆の月
沢蟹の甲羅の上や水澄める
裸木の電球まとひても裸
焼いもが退屈さうに皿の上
花ふぶきその真ん中に息を吐く
人間の皮を着てゐる寒さかな

中村路子 句集『澪』(第四句集) 平成2年

毛糸玉突き放しては今を編む
埠頭庫の四角い無韻さくら汐
白息の消えなむと玻璃にしるす文字
いくたびも春の素通りして癒えず
落花浴ぶ頭の中の螺旋階
柿になるつもりや蔕に青き核
萩括る円筒形の身をよぢて
秋の夜の叩けば少しもがく玩具
風葬の地や無花果をはみ出す朱
人声のして流氷へ強燭光
風が押す母の砦の青簾
慕はれて残暑見舞が二度くるよ
おのづから落葉潰える音かすか
忘年のうた屑記す箸袋
   城佑三氏逝去
冬帝に惜しき詩の友さし出す
跼まねばわれを見ぬ花鳳仙花
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神泉を溢れて今を流す水
聖域に朽ちて神父の寝籐椅子
手折りては浴びる白萩又生きる
蟬声に炒られ体重少し減る
骨折は傷口みせず雁渡し
風が生む花の音階水引草
  宮川爽雨兄逝去、青森行
雪原をつらぬき何も映さぬ河
節を激しく踊り男去る
怒り毛を均す寒風猪を干す
いちどきに狂ふよしなし竹煮草
枯野道ひとの扉につき当る
落葉挟むノートに先住の落葉
寒椿よろこびごとの唇を嚙み
考へる椅子あり膝までの春陽
足あとにその人が生え野の朧
選びたる道昏がりや桜蕊
望郷のさくら岬や亡父の澪

南雲愁子 句集『空耳』平成2年

花過ぎの沼一枚の睡りかな
うづたかき空瓶の息熱帯夜
銃眼に夏の終りの猫坐る
掃き寄せて地獄の匂ひ金木犀
空耳に青はりつめて山眠る
陽に移りうつりラグビー膠着す
冬の皺で幾日さがるジーパンよ
朝の雲しづかに滅び楢芽吹く
片耳の風鈴ばかり抜歯の日
反転の穂芒とみて山匡す
金魚の緋なほ燃やさむと水を足す
朝寝せし窓折目なき風と遇う
夏まけて沖は乾きの風ばかり
落人のやうに来る猫朝の虹
麦刈つて俄かに細る目の暈
ビルがビル背負ふ東京書を曝す
花芒雲にも素顔ありさうな
国ざかひ空にもありて畑を打つ
みぞおちに濤の連弾西行忌
片減りの靴片減りの羽抜鳥

≪以上、陸誌(平成2年5月号)の武田貞太氏による評の引用句を一部転載≫

浪本恵子 句集『すずめ色どき』 平成13年

雪掻きの音リズムよき定年者
無雑作に雛を並べる露天商
青葉風ナースは笑顔惜しみなく
夜廻りを励ます声の厨まで
参道はすずめ色どき甘茶咲く
藤の実の重さ帽子の縁に触れ
遮断機の向う日傘の会釈あり
菜園に電車の響き茎立てり
迷い猫タラと呼ばれて冬の塾
汗の首に呼び笛保線夫ら進む
蘆枯れて川原の中に県境
救急車の扉が開いている月の家
七色に層雲燃えて年明くる
掌に受けてくすぐったいよ蝌蚪の水
客待ちのパズルを膝に金魚売り
松落葉碑文は哀しきことを記す
日盛りや職人黒く屋根を這う
赤とんぼ空地に腕の児を下ろす

浜崎素粒子 句集『鯔がとぶ』(第四句集)平成11年

群れ鯔に箱河豚ひとつ泳ぎゐる
道をしヘー草もなき馬柵の中
秋風や子蟹は潟と同じ色
蒸鰈吊られて風の重たしや
キャンプ張る小島の鹿は臆病に
昂ぶりしゴリラの仰ぐ夕立空
浮寝鳥ことごとくわが視野の中
さすらひといふことしたし芹の水
菜種梅雨詭弁の通る教授会
鬼虎魚いつまで枷のある身かな
酒壺に暑さの残る対馬かな
鈍行は菜殼の煙溜めしまま
夜明けつつ雪の鞍馬の葱青し
春吹雪一基離れし甕の墓
葭を積む小屋子つばめの育ちをり
志意新た野火の炎の前に立つ
青芦にどれも傷もつ漁の船
水鱧や星満ちてくる海の上
烏貝少しいぢめて時雨けり
爽かに互ひ違ひに牛積まる
寒潮へ石を投げても力なし

≪陸誌(平成12年3月号)の町山直由氏による評の引用句を一部転載≫

浜崎素粒子 句集『御器かぶり』(第五句集)平成17年

薄氷のホテルの裏を歩きけり
コーヒーのあと淡雪の古港
紅葉かつ散り物乞ひの老いにけり
病む鶏か冬日の虫も啄まず
御器嚙り千匹飼って助手ぐらし
星とんで木曽に集まる山の精
冬枯の金時山に突き当たる
いたどりの緑を添へて吉野雛
行く年の隠岐見えてくる潮けむり
巨船いま和布刈神事の前通る
菜の花は蝶に日照雨の伊予の国
花石榴洲本は狸祭りけり
四天王寺大きく見えて鳥帰る
すみれ草隠岐馬二百牛五百
でで虫も鞍馬の山も雨の中
洛中の空き地であれば薺かな
もの言はぬ鬼に豆打つ壬生の寺
鷹鳩と化したる琉球暦かな
西表島に通ひて田植かな
巡り合ふ舳倉舞々の殼ひとつ
春の虫つけて西湖を戻りけり
萍や百の河馬の目河馬の鼻
モントレー湾の荒布や娘にあひに

≪陸誌(平成18年2月号)の太秦女良夫氏による評の引用句を一部転載≫

林 信江 『自画像』平成10年

自画像の娘と月光の中に座す
薔薇の茎瓶に屈折三分粥
スペインよりの雛芥子謡本に押す
母の忌の金柑煮えてゐる香り
喜寿といふ月日緩みし桜かな
銀杏落葉を寄せて桃ちやん坐らせる
縞馬の縞のねぢれて眠る昼
翔けたくてペンギン泳いでしまひけり
あしかの髭に止まりそこねし紋白蝶
遂に翅ひらかぬ孔雀花冷ゆる
すべり落ちさうな春眠あしかの仔
朴落葉裏も表も悔の色
ミラービル蟬しぐれごと大樹容れ
パトカー発つ玻璃の緑を一と拭きし
ピカソの目ひとつ遊びて二月かな
✘にひろがる鋏四迷の忌
蜻蛉の翅は光で出来てゐる
やり取りのあげくに買ひし吊忍
雷門を素通りしたり終戦日

東野鷹志 句集『百薬』平成9年

読書室梅雨の明るき方へ混む
日脚のぶ屑買ひの髭われより濃し
藁束に夜刈の青さのこりたり
干瓢を掛けて干場へしなしな行く
春闘の静かにをはる青目刺
妻葬りきて群青の冬棒
案山子の目鴉が摘んでしまひけり
夕顔に顔のいろいろあてはめぬ
もつれんとして繭玉の貰はれゆく
テニス部を押し込む電車文化の日
  再婚
甘柿渋柿婚の荷がとどく
水泳教師と水中のにらめつこ
柿の木に移す鳥威の目玉
水撤けり臆病犬のしつぽにも
枇杷の花少な目に銭もたせけり
蓑虫になつて乗り切ることにする
空蝉のかたちにて戦争体験す
蛇穴を出でぬだんだんと猫背
百薬の一つに木耳を加ふ
ぶらんこを漕いで印度へ行つたきり
草むしりをり大みみずもむしる

≪陸誌(平成9年9月号)の加藤朱氏による評の引用句を一部転載≫

冬舘子音 自選70句 平成9年 および 遺句集『風の驛』平成15年

大白鳥翔つとき風のマント着て
大白鳥鳴くたび男老いてゆく
ストーブ列車老婆たちまち醗酵す
稲荷さまの耳尖りゆく凍れかな
大寒の鰈は口を曲げてをり
雪だるま鬼門に大きく座らせる
小正月箸添へて出す洋食屋
三味を抱き地吹雪を行く燃えに行く
寒雷は天の拍手ぞあいや弾く
寒の撥握る吾に罰あてるため
菜の花のとぎれて急に日本海
飛魚の一気に海を脱ぎにけり
サングラス外しほんたうの空を見る
炎天の影うつぶせに倒れをり
鯰食ふ村長髭を濡らしつつ
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岩清水長男をとこくさきかな
鯉のぼり金ン色の日を丸呑みに
空見るたび殻が透けゆく蝸牛
かんのんぼさつの耳たぶほどの花菖蒲
父は鷗母は川風花菖蒲
蜆売りの車が唄ふあいや節
海の日のマストきつかり六時指す
六月四日の虫歯だらけの手風琴
白神の銀河が銀の音降らす
青田刈る豊年号なるコンバイン
大ねぶた切羽詰まつて動きだす
どんぐり山振り返るたび小さくなる
七ツ星大きく傾げ鮭のぼる
豊年や胸の高さに地平線
大の字に案山子寝てゐる刈田かな
奉納の草鞋面長冬うらら
≪以上、陸誌(平成9年4月号)特別記事(自選70句)から一部転載≫
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立てば骨唐突に鳴る広島忌
鬼灯を鳴らし地蔵サマと二人だけ
女正月こけしは夜を睡らずに
葉桜に人みな行方不明の村
たましいに桜吹雪や太宰の地
夕凪や鬱血の陽は海が受く
父母の国ちちははの雪が降る
蓄音機ぼんやりと病む夏座敷
地吹雪に繋がれている津軽かな
紙風船子の息に足す母の息
ベットで自分自身を探しています終戦日
鰯雲津軽ゆつくり捨ててゆく
マリヤ像志功の天女に似る秋ぞ
≪以上、遺句集『風の驛』に対する町山直由氏評(平成15年7月号)の引用句ほかを転載≫

古川京子 句集『魁夷の青』平成18年

初凪や魁夷の青を溜めてをり
早蕨や最上川よりあをあをと
新入生「一」と書くとき口をあけ
チンパンジーの坐産見てをり秋思かな
薄氷の消ゆるあたりを仔猫舐む
骨袋縫ふや一針づつ吹雪き
神杉に真紅の樹液春羽黒
ゆるやかにアゴヒゲアザラシ裏返る
春夕焼け子らのさよなら幾度も
やどかりの進まず月光のみ進む
青きものひらりと飛ばし瀧斃る
杉はつかみ楓は放す南風かな
代掻機牛糞めきし泥おとす
麻痺の児と土管いづれば燕の子
掬ふ泥に雪の清浄こもりをらん
教師の嘘土筆野に来て裁かるる
治療始めは実梅のやうな眼の子
一直線に緑曝して毛虫の死
盲唖院耳の奥まで汗滲む
人肌より熱き西瓜や原爆忌
雪山や人より太き獣の尿
細竹のしなりて守る路肩かな

古屋恵美子 句集『糸蜻蛉』平成20年

豆腐屋の長靴ひかり涅槃西風
水桶に沈みて実梅発光す
子の手首に画かれし時計かき氷
峰雲や滑車をのぼる屋根瓦
父の日の箱こじあけてみて空つぽ
水のひかり草へうつりて糸蜻蛉
わが影に曳かれて帰る良夜かな
鵙鳴いてもぬけの殻のナフタリン
みごもりを告ぐ声透り冬菫
聖樹よりも高く布積む授産場
消えてより匂ふ蠟燭降誕祭
冬萌や保育児一人ずつ帰る
簡単なところより煤払ひたり
物忘れといふ物置や枇杷の花
夫の椅子借りて雛の段ふやす
啓蟄や弱き反射の捨て鏡
群像に高さ足す鳩春の雲
洗桶に西日あふるる子の下宿
溝とんで花野のわれと別れたる
苧殻火の揺れ門柱の木目浮く
送り火の風の終りを見てゐたり
枯蓮を支へ身うごき出来ぬ水
片付けて居場所失せたり冬座敷
計器みな零を指す船風花す

町山直由 句集『残像』平成8年

内職かかへ労働祭の溝をとぶ
余寒の書戦死の兄の朱線濃く
相寄りて過ぐ尼僧らに鳥の恋
機械の奥に裸の家族裸の灯
こはごはと花火楽しみ五歳となる
梅漬けて暗きところをかたづける
遠泳の確と陸見る眼を持ちて
不器用に生き一畝を茎立たす
暗室に我が身失ふ復活祭
蜩の滲み込みし和紙分けてもらふ
檸檬切り刃の黒くなる弥生かな
サラダ油を怒らせてゐる春立つ日
春浅きビルに映りしビルに居て
鶴が吐く白息愛の声あげて
泰山木下水のように電車過ぐ
紙踏んでバランス失す桜桃忌
碑の下五が埋まり雪晴るる
海風や熔岩に芽生えし命あり
妻に髪切らせてをりぬ西鶴忌
海色に錆びし銅剣花芒
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ガラスのひび月得て光る誕生日
コップにばら病臭わが身の何処かに残る
職欲しと思ふ氷塊切る時に
白息はそのまま夜霧コーヒー欲る
喫泉を離れればすぐ女の貌
麦秋や嬰児に肩しやぶられて
どの隅にも玩具転がり豆を撤く
焼却炉に草萌せまり卒業歌
交番で道聞くほこりだらけの芽
パリー祭喫泉に鼻くすぐられ
八月十五日も祭着を着たがる
ナイターの外くらがりを壜積む音
蜘蛛の囲の一糸輝く目覚かな
みな海へ行き風鈴のよく響く
元旦の金の臓器の置時計
道を掘る微震あきつの翅にあり
蜻蛉来て一度は止る遊女の墓
折鶴に寝る形なし雪降るも
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蝶の脱出見とどけ東京駅を出る
鉄階は空洞の音明易き
ひと揺れしてゴンドラ発てり夏鶯
展望室まで一緒なる春着かな
冬怒濤砕ける熔岩の形して
掃き寄せし花片逃ぐる兄の忌なり
花一樹育てて育てられしかな
暝りて眼開きて予後麦の秋
橡の紅支倉村は一握り
河童忌や間違はれたる傘さして
声発し大寒の身を軽くせり
鍵穴に錆とり噴霧春隣
ストローに氷片現るる夏燕
冷房の近所ますます疎遠となる
解凍の豆あをあをと敗戦日
空蝉や何もて起すわが転機
矢印に少し引力秋隣
籤を買ふ裏が表のセーターで
存分な嚔悪女の役の中
牛乳を噛んで春待つ駱駝の前

松原 敏 句集『人嫌い』平成6年

垂直に友の死をきくパンに徽
走り梅雨カミュ読む日の死におくれ
人の死は流沙のごとく寒月の天
死者は誰炎昼の白い街に消え
死にたがる母殺せずに黒葡萄
失禁の母へ紫陽花濡れしまま
母よ許せ介護せずにすむ空の色
母眠る墓に雪大胆な仮説
孤憤消しがたし沸騰する雄蘂
花冷えは濃き紅茶自画像破る
母国語で酒を飲む黒い金曜
白蝶は波足裏に死魚の鱗つけ
河床涸れ抜けたる前歯に空暑し
旅に病んで紅薔薇の絵に愛欲す
手紙来ず裸婦図みる梅雨人嫌い
冬の薇薔人妻の手紙石となり
ジギタリスのむ朝の挨拶を薔薇に
鴉へ放水し白い利尿剤のむ
女医にのぞかれ眼の奥に師走くる
脈乱る豚の死よりも鳥の死を
見栄はつて歩く鈍痛怒濤の街
臍という字を忘れ冬至の南瓜
落日に日傘の尼僧ころびけり
妻の声不意に鋭角寒に入る
日常は小さき別離寒卵
人を呼ぶ声す喪の家の木蓮
初つばめ絵皿の朱を突つ切つて

≪以上、陸誌(平成6年7月号)の山本千代子氏による評の全ての引用句を転載≫

松本道宏 句集『桜鯛』平成25年 および『桜鯛』以後

向日葵を仰ぐ高さの求人版
汗の身を畳に転げ職を欲る
旱梅雨妻のハタキにギター鳴る
白き供華震へて立てり春の雪
枯蟷螂賽銭箱へ滑り落つ
マネキンの体の硬さ秋深む
喪の家に夜の光体木の芽立つ
爆心地にハイネの詩集長崎忌
天炎えて被爆写真の黒粒子
百歳に百の引き出し木の芽充つ
もの思ふ身幅とてなき枯すすき
マラソンは聖者のあへぎ柚子匂ふ
文豪のごとき瞳の桜鯛
石へ章魚叩き付けては白くする
名月や木馬は脚を上げしまま
折鶴は鋭角ばかり師走病む
鬼瓦の唇厚し田水沸く
寒旱排水口に雀入る
施錠したことのなき家藁盒子(わらごうし)
≪以上、句集『桜鯛』より≫
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狼煙といふ地名あり鮑焼く
花八つ手季節弔ふ白さかな
白魚のなだれとなりて桶満たす
脱ぎ捨てし手袋よりも大きな手
人の名は短き詩なり木々芽ぶく
自転車に眠れ眠れと蔦絡む
砲火浴び幽霊のごと墜落す
太陽のやうな嫁来て大掃除
顔中で味はふ目刺し吉報来
罫線の下敷きしくや十三夜
溜め処なく涎垂らすや春の日に
空梅雨を喜びてをり介護人
病む部屋を紫に染め梅雨明ける
≪以上、句集『桜鯛』以後、平成29年までの陸誌より≫

宮川翠雨 百句抄より 昭和62年

夏雨の青々と降る古端渓
鰯雲いろはにほへと川跨ぐ
花冷や磨るやしくしく師の遺墨
馬の尾がおのれ叩きて放哉の忌
蝌蚪の群それとも蝌蚪やわが転機
春の雷空海論のペン太し
雲の峰舌湿りきて守一展
水中花弱き力にわがひと世
春の雷腋持つ奈良の仏たち
マイヨール展見てきて障子貼りゐたり
花吹雪馬は首より歩きだす
夕凪や生磨るごとく墨を磨る
流萍や鯉より目高好きになり
蛾が入りてなほ彫られゆく髑髏の目
天の川古硯に石の声が満つ
金魚売る声だけ買つて墨磨りをり
炎ゆる道ゆくはあまたの腕ばかり
豊年万作津軽は猫がよく走る
要するに一羽づつなる鴨の群
墨の色極まり白し利久の忌
蝸牛角あげきつて大きなしじま
少し金入り耳より昼寝はじめたり
蝸牛舌が口より出たがりて
鰯雲津軽平野に昼の火事
妹逝けり炎ゆる砂もて掌を洗ふ
せつぱつまつて雪食べながら月を見る

≪以上、陸誌(昭和62年6月号)の特別記事(悼:宮川爽雨 百句、五味汀子氏抄出)から一部転載≫

村上雅子 自選70句より および 句集『夜灯祭』平成9年

父の顔夏の貨車ごとおぼえておく
馬市のあのじいさまは薄けむり
空蝉の中で波うつ紫野
ほうき星ラジオ沖縄をかすめ
蝋燭をどうぞ夕蝉をどうぞ
水を打ち黒龍江と思いけり
被爆図の中まで手まりついて行く
亡兄(あに)たちがいるガジュマルの木の途中
浦上の肩のとんぼは重かつた
被爆ドームへつぎつぎ月が流れつく
戦あるな鯨は旅を続けおり
母の耳さわつてみたら杏
青柿やどの夕暮れを歩こうか
百済まで地梨の影のころびけり
そば月夜父を届けに行く途中
踏切こえて老子へ赤蕪さげて行く
梟の額に百度風のあと
遠吠えが聞える兄のマントかな
足組んで鶴にかたむく男かな
鮟鱇鍋キリストに椅子空けておく
海豹の来る日もあつた蓄音機
≪以上、陸誌(平成8年12月号)の特別記事(自選70句)から抄出≫
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誰も泣かぬ死がありなずな駅に咲く
畔を来て父のマントの箱開ける
梨を食べみんなちがつた空を持つ
外套の中の水平線に逢う
陽に帰る鳥も女も樹もはだし
岩の上死んだ男とビール飲む
計算のへたな男と夕焼ける
かけちがう釦焼酎買いに行き
樹の中におれば蛇よりきらめいて
蜂が来る朝渤海をのぞく
薫風の中の少女が樹をしばる
死後の雪ふしぎに続く裏通り
喇叭のうまい鍛冶屋が春の森にいる
ひまわりの終点に船長がいた
朝の沈黙黄色い蝶に来てもらう
そばが咲き二階の男と仲直り
翼を掛け少年冬の海を見に
≪以上、陸誌(平成10年1月号)の松原敏氏による、句集『夜灯火』評の引用句を転載≫

森下賢一 句集『珍獣』平成13年

子供といふ珍獣飼って聖五月
飛魚が筋肉質の波を刺す
カクテルに沈み乳首のあるレモン
白鳥の胸がらんどうかも知れぬ
風呂吹きに貧しき旅の帽子脱ぐ
歳月の有り余るかに暦売る
コスモスで均し産業廃棄物
国捨てんと思ひし旅券曝しけり
香水売り誰にでも手の甲嗅がす
紅梅に酌み腰のなき紙コップ
弁当箱の間取りを突つき寒雀
カナダ産松茸逃亡者の味す
居酒屋の面壁の席田螺和
ひとことでいへぬ職業冷奴
載せてあるだけの鉢巻秋刀魚焼く
かなぶんの死因は金属疲労らし
じつくりと松茸の虫眺めけり
牡蠣飯や転生のときせまりつつ
蕗味噌を嘗めたるに箸の味のせり
唐辛子老年もまた老いやすし
日帰りの食つて減らす荷鳥渡る
冬瓜を煮て清貧に似たりけり
喜雨の先走る大根足愛す
空襲と空腹の花ゼラニウム

山本一糸 句集『郭公』昭和50年

炉を塞ぐ灰の一隅インクが染み
蝉握り答案文に見られいる
抱え売るするめより霧しずくなす
水替えてすぐ金魚上チョーク粉降る
プールも教具バタ足励ます肩蹴られ
バスでチョークで胡麻髭描かれ風邪癒えず
歌う八百の頭がやわらかし玻璃に雪
笑ますも教育すいすい浮かぶ目高飼い
身を拭く海女に舟虫はしる井戸ともし
胃の腑まで箔打つ震動雪の底
打叩万回箔屑生き立つ寒の土間
壁で隣りて深雪の底の水栓音
  能登下時国家
海の果より月射して土間三百年
 住宅団地へ移って始めての越年
田の果より窓いつぱいに冬夕焼
パイナップル熔岩踏みて買ふ手に熱し
火口のぞく視線が合えり霧の中
氷雨去りぬまた声貯めて煉瓦館
アイヌ衣裳着てみて汗噴く新婚よ
郭公や子の手垢つく教師のシャツ
椰子の実の置かれ七月の教員室
吹雪く野へ紅き唇飛ぶごとし
青芝の弾力旧交温められ
法師蝉聞こゆるほどに鯉の浮く
枯山に眼が突きあたり父の死へ
≪以上、陸誌(昭和50年11月号)平本微笑子氏による評の引用句から一部転載≫
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ストーブに作文の厚き塵はたく
チョークまみれのこおろぎ放す腹空けり
教師で果つか枯山に声びんびんと
島の鶏灼熱の石踏み鳴らす
潜りし海女の浮桶寄り合う驟雨中
舟虫や搾るがごとく海女身を拭く
驟雨過ぐるや屋根石からむ浜昼顔
海猫まぶし海女は髪梳く音立つる
≪以上、陸誌(昭和51年3月号)沖崎一考氏(握手同人)による評の引用句から≫

山本千代子 句集『水晶宮』(第一句集)平成11年

詩の神の涼みて在す水晶宮
囀りに空のファスナー開くかな
花ふぶき天は裏地としてありぬ
コンセント抜かれて雲雀落ちきたる
茶箱から祖母出してやるお中日
蟻出でて菓子こぼす児を引きゆけり
青蛙おまへも怒り肩をして
兜虫死の皇帝にかしづけり
板釘に冬帝の皮ひつかかる
牡丹に角かくしあり覗くべし
盗心のむずむず初夏のお嫁さん
休園の兎が野点しているよ
春愁の巣が本棚の裏にあり
噴水に細き骨盤ありにけり
昏々と崖を立たせて雁帰る
春の風邪書架にピカソの鼻はさまれ
雲水が蜜吸つてゆく紅椿
少年の暗室に着く流し雛
大西日坐礁してゐる生家かな
裏日本とは言ふまいぞ源五郎
熊手往く不思議の国を俯瞰して
整列の影を持てざる消防車
孤島なり泳ぎつきたる父の胸

山本千代子 句集『帰り花』(第二句集)平成21年

海へ向くロッカールーム彼岸西風
花烏賊の沈むや己がうす墨に
手を包むてのひら二枚帰り花
雲水の寒の素足を甘露とも
綾取りの川に弟おぼれしまま
お狐といま蜜月の椿かな
鋸屑のうすくかかりし夕牡丹
わが蓬髪ロココ鏡に炎え立ちぬ
母とこそ一期一会や蚊遣たく
蜻蛉きて私のとんぼ連れ去りぬ
文旦を貰つてカバン呵々大笑
鍵ばかり増えて貝母が咲かぬなり
ひたすらな馬の静止よ下萌ゆる
目高など愛して男水くさし
流し雛なまづが娶るつもりらし
逃ぐるとも向ふとも水渡る蛇
杭の穴近づく狐の提灯に
捨つるとも干すとも漕艇部の毛布
街と橋ひしとかみ合ふ春の雪
猫をまた切に飼ひたし猫目草
永き日の死魚をはなるる水泡かな
天袋にマンボウの影寝冷せり
甲板の豪華な高み星が飛ぶ
裏窓にひねり出しある干布団
アロハシャツ着るなら傘は置いてゆけ
たてがみは紅絹(もみ)一枚の神楽獅子
むかし百合でありし媼の逃げるが勝ち

吉本宣子(のぶこ) 句集『木の春』平成26年

木の春を人の容に耐へてをり
青大和ころげ落ちたる頃の痣
夏山伏をりをり空(くう)を飛びにけり
雨乞ひのぴしぴし折れる炎かな
睡りゐる山姥十三(とさ)の土塊なり
木に繋ぎおく夏蝶の怒り肩
睡りつつ凍滝鱗とばしたり
春愁地に落ちてゐるボールの尾
何頭も風を放ちぬ幣辛夷
薪能闇の四隅のめくれたる
男梅雨触れなば臍も猪首もあり
縄跳びのふと羽つかふ虚ろな子
二日はや黒人(くろひと)の湖走り来る
あらくさ垂れし広島の後ろ背よ
稲の花ふやせふやせと闇が蒸す
蛇衣を脱ぎよそほひをはじめたる
戦また夜盗道なり梅ひらく
白蓮の白より出でし塵ならむ
とても黒く竹咲き恋の終りたり
飲食の皿流れ着く天の川
鈴鳴るはこの世の縁や白遍路
秋澄むやおぼこの魂が目礼す
死に神の二翅六脚居て涼し
ぬかばへを叱りつつゆく黄泉の径

米川五山子 句集『夏草』平成30年

秋風や橋より亀を捨てる人
鳳凰の目は北斎の目冴返る
梅雨闇の金山廃坑常しなへ
狛犬の小暗き眼窩あかまんま
若水や水槽目高きらきらす
雨の中手筒花火を抱き来る
階段で転んで笑ふブーツの子
盆梅や何時も留守なる老研師
開眼の大それた夢蛙の子
初夢のなかで故郷を見失ふ
枯るる中巨き橋脚列をなす
秋の潮最北の地に人黙す
痛棒のごとき友の訃葱坊主
指太き円空仏や冬うらら
初春や苦笑の似合ふ樹木希林
暗がりに鳩重なれる花の宵
落し角など削りしや古代針
三万日生きて小言や浅蜊汁
西日中蜂の一撃匕首のごと
流木のみさごの眼忙しかり
千年の鐘の音やさし犬ふぐり
夏芝居女一瞬舌を出す

若井嘉津子 句集『雪葬』昭和60年

冬の旅私鉄切符は藁のいろ
ノックなく扉あけられ冬の雷
生涯を笑はぬ自画像雪催
雪しづかパン種小さく生きている
冬怒濤見て来しスープの薄き味
散薬の口に残りて雪予報
冬の駅出口は冬の海に向く
冬うらら音だけ見せてチンドン屋
冬色に漬りて身幅で生きている
冬の駅角の鋭き切符手に
春の虹生れて海のいろ還る
羽ばたきは密告に似て海猫渡る
春雷のあと空瓶に歪む闇
花種を買い来て無傷の日となれり
硝子拭く五月の風を見るために
春愁やねむりいろした糸を買ふ
葉ざくらの旅や誰とも遠き距離
花種を買い来て無傷の日となれり
葉桜の旅や誰とも違き距離

≪以上、陸誌(昭和61年1月号)の中村路子氏による評の全ての引用句を転載≫

寄贈句集から  ※サイト管理人が直接頂いた句集の紹介

■中村良子句集『蜻蛉の目』 令和2年
蜻蛉の目あの世この世を行き来せり
手に乗せて瞳を見たし稲雀
蓮咲くや一期一会の墨と和紙
人の世ににじり寄るかに初赤城
立ねぶた大太刀の先灯しゆく

【 備考】
※ルビがある場合は、体裁上、かっこ( )で表わすことがあります。

※※このページの俳句は、句集から手作業で打ち込んでいます。
もしタイプミス、もしくはその疑いがあれば、本サイト管理人までお知らせいただければ幸いです。